おとといの3/25(水)は、私の最愛のロシ子ちゃんの、69回目の月命日でした。
実は、後ほど、記載しますが、4日前の3/24(火)は広島に行っていて、おとといの3/25の早朝に帰って来て、この写真は、その、おとといのロシ子の69回目の月命日の日に撮りましたが、広島の写真をまとめたり何やかんやで、ロシ子のブログをアップするのが、遅くなってしまいました。
ロシ子ちゃん、ごめんね。
でも、毎日、ロシ子にご飯をあげて、お水をあげて、写真や遺骨とお話をしているので、ロシ子も許してくれると思います。
ロシ子、この1ヶ月も、お父さんは、何とか元気で過ごせることが出来たよ…、ロシ子が見守ってくれてるおかげだよ…、ロシ子、ありがとうね。
ロシ子が亡くなって、5年と9ヶ月…、月日が経つのは、本当に早いです。
段々と、ロシ子と一緒に過ごした日々の記憶が薄くなってきて、今は、アビのすけが心の支えなので、たまに、アビのすけが一番かわいいと思ってしまうけど、でも、ロシ子はもっと可愛かったんだもんな。
今のアビのすけも、超・可愛いいんだけれど、それを全然、上回っていたロシ子は、本当に、最高に可愛かったんだと思う。
確か、先月も書きましたが、5日前の3/22(日)は、13年前、ロシ子が我が家に来てくれた、13回目の「ロシ子のうちの子記念日」でした。
あの日、車中で、キャリーの蓋を開けて、初めて、ロシ子の顔を見た時の感動は、今も鮮明に思い出されます。
ロシ子みたいな子に、もう一度、会いたいけど、難しいかな…。
ロシ子、病気のない健康な世界の天国で、のんびりと過ごしておくんだよ。
そんな、今の私にとって、最高に可愛いアビのすけくんですが、これは、先月の末の2/27(金)の晩の23時過ぎ、私がうだうだと焼酎で晩酌をやっていると、アビのすけくんが来てくれました。
最近は、私の太ももに乗って来る率が増えて、昔のロシ子状態になっていて、本当にアビのすけが可愛いのです。
そして、アビのすけ、こっちを向いてくれました…、超・かわいい。
眼の中に入れたら痛いでしょうが、でも、目の中に入れても痛くないくらい、それ程、アビのすけがかわいくて、仕方がありません。
アビのすけも、今月の16日で、11歳と5ヶ月になって、私と同様、もう、猫生の折り返し地点を越えている訳だけど、アビのすけがいなくなってしまうことを想像するだけで、悲しくなり、心が鈍よりと重くなってしまう。
そして、何よりも、ロシ子のように、絶対に苦しんで死なないで欲しいと願うばかりで、もし、病気になって苦しむようなことがあれば、今度は、ロシ子のように、苦しく可哀そうな思いはさせずに、安楽死をさせてあげようと思っています。
アビのすけ、どうか、健康で長生きしてくれよ。
そうそう、そう言えば、アニコムのペット保険から、今年も「腸内フローラ」の検査のお知らせが来ました。
去年に続き、2回目になりますが、早速、検査キットを送ってくれるよう、アニコムのホームページから申請。
来月のこの「ロシ子のブログ」で、その検査の様子も、アップすることができると思います。
そして、これは、3/1(日)の晩22時過ぎでしたが、私が寝ようと、こっちの部屋に来たら、アビのすけ、最近のお気に入りの、この場所にいました。
アビのすけが乗っているところは、ロシ子が晩年に過ごしたプラケースで、私が自作をした「酸素室」の上。
肺の病気で呼吸がしにくいロシ子のために、本格的な酸素濃縮器を買ったのだけど、私が寝る時、その音がうるさくて寝れず、その頃から、私は寝る時、耳栓をするようになったのだけど、ロシ子が苦しい思いをしているのに、私はうるさいと思って耳栓をして寝るなんて、本当に、ロシ子の気持ちを考えずに、ロシ子に可哀そうなことをしたと、今でも悔やんでいます。
そんな思いがある酸素室の上で寛ぐアビのすけ…、まぁ、可愛いから許しておくよ。
と言うことで、アビのすけの様子は、一旦、置いといて、今月も、私のミニトリップの備忘録を記しておきます。
その第一弾、3/10(火)に日帰りで行って来た、三重県の三大梅絶景スポットに行って来た様子ですが、去年は、桜も見て、紅葉も見て、しかし、梅の満開というものを見たことがなかったので、是非、行ってみようと思ったのです。
この日は、朝3時過ぎに起床し、高速道路で三重県に行くのも良いのですが、経費削減と、旅をしている感を味わう為に、下道で4時間半ほどを掛けて、朝8時40分過ぎに、1件目の目的地の「いなべ市梅林公園」に到着。
入場するところのおじさんに尋ねたところ、強風で花びらがなかり散ってしまったとのことでしたが、何とか、まだ、きれいな感じ。
何よりも、途中、滋賀県の辺りでは、大雨が降って真っ暗だったのですが、トンネルをくぐって三重県に入ったら、晴れ間が見えて来て、そして、現地では晴れて、とても気持ちが良かった。
そして、みはらし台に上ってみると、写真ではなかなか伝わりませんが、なかなか、色鮮やかな梅園を見渡せて、遠路はるばる、来て良かったと思いました。
この日の数日前から、ものすごく強い風が吹いていて、なので、やはり、近くでみると、花びらがかなり散っていましたが、でも、十分にきれい。
人生、57年間も生きて来て、まだまだ、知らないことが多すぎます。
それにしても、広大で色鮮やかな梅林の遠望を生で見れて、行った甲斐がありました。
ということで、約30分ほど、いなべ市梅林公園で過ごし、いざ、次の目的地の「鈴鹿の森庭園」に向け、出発。
そして、約1時間のドライブを経て、午前10時15分頃に、「鈴鹿の森庭園」に到着。
実は、先ほどの「いなべ市梅林公園」は、入場料が500円だったのですが、こちら「鈴鹿の森庭園」は、満開時は入場料が2,000円なので、期待感も高く、とても楽しみにしていたのですが。
やはり、この数日、風がとても強くて、かなり散ってしまっていました。
見頃のマックスは1週間前だったようで、YouTubeで満開の様子を見ていて、本当に素晴らしかったのですが、その頭があったので、ちょっとガッカリ。
本当は、1週間前に来るつもりだったのですが、酷く体調を壊してしまい、とても長時間の運転は出来ない状態だったので、1週間、繰り下げにしたのですが、仕方がない。
しかし、庭園というだけあって、かなりお金を掛けて、整備されているのが分かりました。
平日に行ったこともあり、人でごった返すことはありませんでしたが、でも、東海地方で一番の梅園なので、いなべ市梅林公園よりも、全然、人が多かった。
そして、この「天の龍」が、開花情報を伝えるため、毎日、公式サイトで写真が更新されていたのですが、やはり、ちょっと花が散っていた。
でも、花びらが散ったおかげで、こんな、素晴らしいピンクの絨毯が見れました。
こういう景色や風景を愛でる気持ちも、日本人ならではのものだろうし、日本人で良かったし、生きてるって、やっぱり素晴らしい。
そんなこんなで、梅園のはしごの2件目「鈴鹿の森庭園」も、約30分ほどの滞在で後にしましたが、実は、この2日前の3/8(日)までは料金が2,000円で、前日の3/19(月)に1,800円に下がり、この日は1,500円になっていて、それだけ、満開が過ぎてしまっていたのでしたが、でも、梅を見る貴重な体験に恵まれ、良かったです。
本当は、これにて、当初に予定をしていたスケジュールは終了だったのですが、この時点で、まだ10時40分過ぎだったので、ついでなので、事前に調べて名前は知っていた、津市にある、もう一つの三重県の梅の名所の「結城神社」まで、足を運ぼうと思ったのです。
そして、約1時間10分ちょっとのドライブを経て、三重県の梅の名所の3件目、「結城神社」に到着しました。
結城神社は、後醍醐天皇を奉じて「建武中興」の樹立に貢献した、結城宗広公を祀っているとのこと。
ここに、必見の、約300本の、華麗なしだれ梅があるようなのです。
この狛犬は、ネット情報によると、長崎の平和公園の平和祈念像の作者が作ったものとのこと。
そして、肝心の梅はというと、この写真は、ちょっと失礼をして、背伸びをし、手を高く上げて、柵の上から、有料エリアの「梅苑」の中の様子を撮った写真ですが、散々の散りようで…。
こりゃあ、ダメだと思い、満開の時期は、素晴らしい「枝垂れ梅」が見れるとのことでしたが、800円の入場料がもったいなく感じたので、有料エリアの「梅苑」には入りませんでした。
日陰になってしまってますが、案外、この梅はきれいだった。
という事で、「結城神社」には約15分くらい滞在し、その後、結城神社に停めた車の中で、約1時間ほどの仮眠を取り、復路も旅情を味わいながら、下道で約4時間をかけ、夕方の17時20分頃に帰宅。
これにて、総運転時間が約11時間、全走行距離が約400kmの、のんびり三重県の梅園3軒のはしごの旅が終了しました。
長時間の運転は苦手なのですが、今回は、運転中に眠くなることもなく、梅を見るという良い経験をさせて頂いたプチ旅行になりました。
そして、場面は変わりまして、これは、4日前の3/23(月)の晩8時前、アビのすけ、最近にしては珍しく、布団に潜り込んで寝ていました。
この日の深夜から、私はバスで広島に向かうことになっていたので、出来れば、アビのすけに悲しい思いをさせない為にも、寝ている間に、そっと家を出たかったのですが、この後、おやつ目当てか、起き出して来て。
おやつをあげて、ずっと寝るように促していたのですが、私の太ももの上に陣取ってしまい、出発するため、椅子から立ち上がると、アビのすけも私の後を追って来て。
この後、泣く泣く、アビのすけを残して、家を出発したのでした。
そして、最寄りの駅で、電車を待っている間、Webカメラで自宅を覗いてみると、アビのすけが2階を徘徊してた…。
早く、寝てくれー。
そうそう、このまま布団に入って、ゆっくりと寝てちょうだいよ。
と言うことで、神戸三宮駅に向けて、電車に乗り込んだのでした。
と言うことで、今月のプチ旅行の第2弾は、広島・宮島旅行と言うことで、バスで車中泊し、朝の6時20分頃に、広島駅に到着しました。
最近、深夜バスにはまっているのですが、ちょっとは揺れますが、飛行機に乗っている程度の揺れだし、バスのシートもゆったりしていて、良く寝れるし、今のイラン戦争のおかげで、ガソリン代は爆上げで、車で行くより安いし、自分で運転しなくて良いし、何より、寝ている間に現地に着いて、現地で丸1日、フルで動けるので、バスでのプチトリップは、とても「あり」だと思っているのです。
本当は、朝一番から、宮島の厳島神社に行こうかと考えていたのですが、約10年前、母親と2人で広島旅行をした時は、干潮で、鳥居まで歩いて行ける時の厳島神社を見ているので、今回は、満潮の午後1時前を目途に、急遽、宮島に行くことに変更したので、まずは、原爆ドームや平和記念公園に行こうと考えたのです。
そして、ふと、朝5時にセットして来たアビのすけの自動給餌器が、きっちり動き、アビのすけが朝ご飯にありつけているかどうか、気になったので、Webカメラでチェック。
しっかりと動いてくれていて、アビのすけも朝ご飯を食べれた様子だったので、これで、今回の旅は大丈夫とのことで、ホッとして、原爆ドームを見学したのです。
そして、被爆の惨禍を今に伝える、世界遺産の「原爆ドーム」に到着。
昭和20年(1945年)8月6日の午前8時15分、人類史上初めて、この地、広島に、原爆が投下されました。
約10年前にも来ましたが、外観もそうですが、建物内に崩壊した建物のかけらがあって、あらためて、当時の悲惨な状況が思い浮かべれました。
「原爆ドーム(旧広島県産業奨励館)は、1945年8月6日の原子爆弾投下時、爆心地からわずか約160メートルの距離にあり、建物内にいた約30人は、全員が熱線と爆風により即死しました。」とのこと。
爆心地付近の地表の温度は約3,000℃、強烈な爆風で、半径約2㎞内のほとんどの建物が全壊・全焼、爆心地から半径約1.2㎞以内の人は、ほぼ即死とのことで、本当に地獄です。
本当に、ご冥福をお祈り申し上げるのみの心境でした。
朝早い時間帯だったので、観光客も少なく、「原爆ドーム」の辺りも、平和な時間が通り過ぎていました。
この現在の平和な時間も、過去の、多くの方々の犠牲の上にあるので、本当に、多くの戦争で亡くなられた皆さまには、ご冥福を祈ると同時に、感謝の気持ちを、常に持っておかなければいけません。
この「平和の灯」の火は、昭和39年(1964年)8月1日に点火されて以来、ずっと燃え続けているとのこと。
また、この台座は、手首を合わせ、手のひらを大空に広げた表現していて、水を求めてやまなかった犠牲者を慰め、核兵器廃絶と世界恒久平和の願いが込められているとのこと。
毎年8月6日には、ここ「平和記念公園」で、原爆死没者を慰霊し、世界の恒久平和の実現を祈念する、「平和祈念式典」が行われます。
この「原爆死没者慰霊碑」は、30万人を超す原爆死没者の名簿等が納められ、オバマ大統領も花を手向けた場所。
黙とうを捧げ、気持ちばかりですが、浄財箱(募金箱)に寄付をさせて頂きました。
向こうには、「原爆ドーム」が見え、世界で唯一、原爆を落とされた日本の、平和を願う象徴的な場所だと、気持ちが洗われました。
約10年前、母親と来た時には、大規模なリニューアル工事をしていて、足場が組まれていた記憶がありますが、とても綺麗になりました。
そして、「広島平和記念資料館」をくぐって、「原爆死没者慰霊碑」と反対側に出ると、噴水があって、虹が出ていました。
80年前、原爆が投下された当時は、辺り一面、悲惨な状態だったのに、本当に、今の平和を感じさせられました。
そして、被爆者を追悼する国立の施設、「広島原爆死没者追悼平和祈念館」。
この「レストハウス」は、平和記念公園内で、被爆前の面影を残す唯一の建物を改修したとのこと。
時間が早くて入れませんでしたが、被爆時に1人の人が奇跡的に助かった地下室も、見学可能とのことで、行きたかった。
世界各国から、年間約1,000万羽の折り鶴が、捧げられているそう。
円形の土盛りの内部に、身元不明や、一家全滅で引き取り手のない、原爆死没者の遺骨が、安置されているとのこと。
約10年前、母親と一緒に来た時に、母親が鐘を鳴らしていたなぁ…。
この時、ちょうど朝8時で、約15分後、8時15分には、写真を撮り忘れましたが、毎日、原爆投下時の8時15分に鳴る「平和の時計塔」のチャイムも、聞かせて頂きました。
そして、1時間ほど、のんびりとした平和記念公園内を散策した後、早い目のお昼ご飯に向かいました。
9時30分前、広島と言えば広島焼でしょと言うことで、宮島に行く前に、約10年前、母親と一緒に行った「薬研堀 八昌」さんの師匠のお店、こちら、青八昌産みの親、「お好み焼き 八昌」さんに、ちょっと早い昼ご飯を食べに来たのですが…。
中を覗いてみると、10時開店なのに、お店の人が誰も準備をしていない…。
ヤバいと思い、ネットで調べてみると、毎週(月)(火)は休みとのことで、慌てて、昼に宮島に行く予定に変更して、この店のお休みの日を調べるのを忘れてて、今回もスケジュールの詰めが甘い…。
仕方がなので、お腹がペコペコの状態の中、約1時間、路面電車に乗って「広島宮島口」駅まで行き、そこから、この「宮島松大汽船」のフェリーに乗船、約10分で宮島へ。
そして、午前11時過ぎに、世界遺産の「厳島神社」に着きました。
この菱形の輪っかの中を覗いてみると。
ちなみに、日本三景とは、「江戸時代初期に儒学者・林春斎がその著書『日本国事跡考』で特に優れた絶景として選んだ、宮城県の松島、京都府の天橋立、広島県の宮島(厳島)の3つの名所」とのこと。
いずれも、ずっと昔に行ったことがあるのだけど、今回は「広島県の宮島(厳島)」に来たので、今年中には、「宮城県の松島」と「京都府の天橋立」にも、また、行きたいなと思っています。
そして、午前11時28分、この日の12時38分の満潮の288㎜には及びませんが、この時間で270㎜くらいの潮位なので、十分、海に浮かぶ厳島神社の鳥居が拝めました。
冒頭にも書きましたが、約10年前、母親と一緒に来た時には、あの鳥居まで歩いて行けて、写真も撮ったもんなぁ~。
そして、今回は、約10年前に厳島神社の中は見ているので、宮島ロープウェイに乗って、世界遺産の霊峰「弥山(みせん)」に行こうと考えていたのです。
しかし、厳島神社にも行列が出来ていましたが、こちらのロープウェイ乗り場も行列が出来ていて、写真の左下の看板にも記載がありますが、この場所で待ち時間は30分程とのこと。
まぁ、仕方がないと、地道に待って、ようやっと、ロープウェイ乗り場の構内まで辿り着き。
相変わらず、行列はどんどん伸びて、8割くらいは外人の観光客で、この日は平日でしたが、やはり、厳島神社の人気はすごい。
そして、ロープウェイを2つ、乗り継ぎ、約20分程で、「獅子岩駅」に到着。
そこから、まずは、「獅子岩展望台」へ。
「弥山(みせん)」は、標高が535mで宮島の最高峰、そして、平成8年(1996年)に、厳島神社と共に世界遺産に登録された霊峰。
弥山の中でも、この「獅子岩展望台」と「弥山山頂展望台」からの眺望は、必見とのこと。
ちょっと霞がかかっていましたが、なるほど、素晴らしい眺望が望めました。
でも、最近、色々なところで、素晴らしい眺望を見ているので、ちょっと慣れてしまってることもあって、感動は少なめ。
そして、ここから、弥山の山頂を目指したのですが、これがかなりの急坂で、おまけに、普通の人の足だと、30分ちょっと掛かるとのことで、でも、午後4時からの遅い昼ご飯のために、3時半には広島に戻らなければならず、急いで、汗たらたらで上り始め。
まずは、弘法大師や空海が修行をしたと伝わる場所に建つ「弥山本堂」を通過し。
「弥山本堂」の向かいにある「霊火堂」を見て、その右の急な階段を上り。
ちなみに、この「霊火堂」は、弘法大師が修行に使った護摩の火が、今も「消えずの火」として燃え続けているようで、その火は、平和記念公園の「平和の灯」の元火の1つであるとのことを、今、このブログを書いている時に知って、あぁ、中に入って見ておいたら良かったと、ちょっと後悔…。
そして、汗をたらたらかきながら、外国人観光客を追い越し、追い越し、山頂まであと一息の、巨岩のトンネルの「くぐり岩」をくぐり。
ちょっと見にくいですが、「宮島 弥山山頂 五三五 米」と記載された標柱に辿り着き、弥山の山頂に到着。
結果、汗を吹き出しながら、太ももがパンパンになるくらい、全力で上った結果、普通の人が掛かる半分の時間の16分で、上り切りました。
そして、弥山山頂の展望台からの景色は、まずは、巨岩がたくさん、目に入って来て、山頂にこんな大きな岩があるなんて不思議。
そして、さすが、初代内閣総理大臣の伊藤博文が、「日本三景の一の真価は頂上の眺めにあり」と、この弥山山頂から見える眺めを絶賛した通り、瀬戸内海の絶景が。
やっぱり、こうして見ると、素晴らしい眺望なので、疲れていたから、感動が薄かったのかな。
確かに、これらの巨岩から、ただならぬパワーが感じられ、霊峰にパワースポットありの感がありました。
と言うことで、ここから一路、ロープウェイで空中散歩をしつつ、下山をしました。
この時、もう、お腹がペコペコで、そして、何故、急いで弥山山頂を目指したかを詳しく言うと、午後4時開店の、10年前にも行った「薬研堀 八昌」に行くのに、待つのは嫌なので、3時30分には着きたいと思っていて、通常通りの歩きで山頂を目指したら、絶対に間に合わないと思ったからだったのです。
そして、地上の駅の「紅葉谷駅」に着いてみると、恐ろしい程の行列が出来ていて、写真の右の看板に記載がありますが、この場所で「約50分待ち」の状態で。
しかし、行列はまだまだ先まで続いていて、おそらく、これは、列の最後尾の人は、少なくとも1時間30分、もしかしたら、2時間越えの待ちになっていたかも知れない。
宮島に着いて、先に、弥山山頂行きのロープウェイに乗っておいて、本当に良かったです。
そして、時間は押していたのですが、どうしても、この「千畳閣」には行っておきたかった。
「千畳閣」は、正式名は「豊國神社」と言って、豊臣秀吉が建立した大経堂だそうですが、造営中に秀吉が亡くなったので、未完で、天井の板張りや外溝がないらしい。
「千畳閣」の別名とは言え、実際には畳857枚分の広さらしいですが、壁がないので、思いっ切り広く感じる。
現在は、神仏分離令により、大経堂から豊臣秀吉を祀る神社になったそうですが、こんな建物を建造するのに、とてつもない費用がかかったことだと思います。
そして、フェリー乗り場に向かう前に、厳島神社の外観を、鑑賞させて頂きました。
厳島神社の拝観料は、300円ととても安いので、中を覗いても良かったのですが、そこまでの時間がありませんでした。
約10年前に、母親と一緒に来た時に、しっかりと中も見ているので、まあ、良いかという気持ちになりました。
まさに、世界遺産だけのことはあって、こんなに素晴らしい神社は、世界中を見ても、どこにもないと思います。
それ位、とても美しく、天気も晴れてくれて、本当に、良い経験をさせて頂きました。
この後、広島に引き返し、一路、遅い昼ご飯を食べに行きました。
そして、開店の20分前の15時40分頃に、先ほど、お休みをされていた「お好み焼き 八昌」のお弟子さんのお店、「薬研堀 八昌」に到着。
私は、食べることが大好きなので、やはり、広島と言えば「広島焼」なので、とても楽しみにしていて、一組だけの待ちだったので、開店早々に入れて良かった。
そして、焼き上がりまで30分程が掛かり、この店おススメの「そば肉玉」が来ました。
約10年前に母親と来た時は、この「薬研堀 八昌」と、「お好み焼 みっちゃん総本店 八丁堀本店」に行って、こっちのお店が美味しかったので、再訪問。
ソースを掛けて、マヨネーズを掛けた写真も、撮っておけば良かったですが、キャベツが甘くて美味しかったですが、以前ほどの感動がなくて、お腹が減り過ぎていたか、病気で胃を切除して、趣向が変わったのか…。
ちなみに、私以外のお客さんは、みんな、お好み焼きをコテで直接、食べていて、私のように、箸で食べていた人は皆無だった…、いずれにしても、ご馳走様でした。
そして、午後5時を回って、陽がかなり傾いていたのですが、折角なので、街なかにある自然豊かな庭園、「縮景園」に行きました。
「縮景園」は、広島藩の初代藩主の浅野長晟さんが築成された庭園で、池を中心に、小山や橋、茶室を配した池泉回遊式庭園とのこと。
美しい花も咲いていて、心が和みました。
夕日が藁葺きの東屋の「悠々亭」に差し、黄金色に映えて、眩しい程でした。
やはり、日本人には、日本の伝統的な美意識であり、質素な中に、静かな美しさや趣を感じる心の「侘び・寂び」の世界、日本庭園が合います。
約50分程で、回遊式の庭園を一周し、あらためて、日本人の心を感じさせて頂きました。
そして、この旅の最後の観光地、縮景園から徒歩10分ちょっとで、広島城にやって来ました。
ちょうど、午後6時になり、まさに、夕日が沈みそうでした。
この広島城は、毛利輝元が築城を開始し、「鯉城(りじょう)」とも呼ばれているそう。
写真にも、小さな貼り紙が写ってますが、実は、なんと、この日の2日前の3/22(日)で、この広島城が、老朽化や耐震性の問題を理由に閉城となった様で、今月の休日には、閉城前の駆け込みで、1日3,000人を超える人が来て、大混雑だったよう。
母親と一緒に行った、思い出の場所がなくなるのは、ちょっと、もの寂しいです。
そして、広島城跡の廓の中にある「広島護國神社」にも寄りました。
この「広島護國神社」は、戦没されたご英霊、およそ九万二千余柱の神霊をお祀りされていて、すぐ近くにある「広島原爆遺跡」も見て来ました。
そして、表御門をくぐり、御門橋を渡り、広島城跡の廓の外側に出てきました。
写真の中央に写っているのが「多門櫓」、右の方に写っているのが「太鼓櫓」、お堀に映えて、とても美しかったです。
これにて、この度の広島プチ旅行の観光は終了、ここから徒歩で、広島駅に向かいました。
そして、約20分ほど歩いて、午後6時30分頃に、広島駅に到着しました。
この時、モバイルバッテリーも使い切り、スマホのバッテリーも残が10%くらいだったので、駅ビルの中の充電できるスポットで、休憩も兼ねて充電。
そして、スマホの充電もたっぷりと出来たところで、ちょっとアビのすけのことが気になったので、Webカメラでチャックしてみると、アビのすけ、2階のテレビの方にいました。
なので、テレビのところに置いてる逆側のWebカメラで覗き、アビのすけに話かけると、アビのすけ、反応して、こっちを向いてくれました…、元気にしててくれて、良かった。
そこで、そろそろ晩ご飯の時間だし、本当は、この度の広島での食事は、全部、広島焼きを食べるつもりだったのですが、お腹も減っておらず、広島焼きという気持ちにもなれず。
でも、折角、広島に来たのだから、少なくとも、ご当地グルメを食べておかねばと思い、担担麺はあまり好きではないのですが、ご当地グルメの「汁なし担担麺」を食べようと、広島駅直結、ekie1階の「くにまつ+武蔵坊」に行きました。
この「くにまつ+武蔵坊」は、汁なし担担麺の第2次ブームの火付け役のお店「くにまつ」と、その「くにまつ」で修行、独立した弟子のお店「武蔵坊」とのコラボ店とのこと。
私、汁なし担担麺を食べるのは初めてだったので、ちょうど良い「くにまつ」と「武蔵坊」と、両方の名店の味が味わえる、ハーフ&ハーフのセットを頼みました。
私は、本場中国の、超・舌が痺れる花椒(ホアジャオ)がたっぷり掛かった麻婆豆腐が大好きで、この汁なし担担麺も、花椒と辣油をかけて食べる感じだったので、いけるかなと思ったのですが、お腹があまり減ってなかったことと、やはり、胃を切除して趣向が変わったこと、そして、そう言えば、私、担担麺の何が苦手かと言うと、ゴマペーストが苦手だったのを思い出し、食べること大好きな私が、情けないことに、完食できませんでした。
そして、その後、ekie1階のグルメロードを歩いてみたのですが、元々、今回の旅で食べに行こうと思っていた「お好み焼き 麗ちゃん」があって、大行列だったのですが、汁なし担担麺を残してしまったこともあり、やはり、ここで食べたかったなと、今更に思ってしまった次第でした。
この後、夜中に広島駅を発車して、朝5時に大阪駅に着くバスで、車中泊して帰って来ました。
そして、無事、バスで大阪駅に到着し、大阪梅田駅発、神戸行きの朝5時ちょうど発の始発電車に乗り込み、ホッとしたところで、我が家のアビのすけくんの様子をチェックしたところ、朝5時にセットした自動給餌器も、無事に動き、アビのすけ、早速、朝ご飯を食べていました。
そして、朝5時40分過ぎに自宅に帰宅すると、アビのすけ、ご飯が欲しかったのか、おやつが欲しかったのかは分かりませんが、私のことを歓待してくれました。
全力で伸びをして、爪を研ぎ研ぎしてくれて、おそらく、この表現は、私の帰宅を大歓迎してくれていたのでしょう。
アビのすけ、お利口さんにお留守番をしてくれて、有難うね。
来月も、また、ちょっと旅行をするから、よろしくね。
と言うことで、この度の広島プチ旅行は、これで終了です。
最後、これは、ちょうど2週間前の3/14(土)の晩22時過ぎに撮った写真ですが、久しぶりに、アビのすけに皮膚炎が出来ていました。
と言うか、私がアビのすけの皮膚炎をチェックしたのが、久しぶりであって、度々、皮膚炎は出来ていたのだと思います。
もっと小まめに見ていれば、アビのすけに可哀そうな思いをさせずに済んだのに…、アビのすけ、ごめんね。
と言うことで、この後、久しぶりに「アレリーフ ローション」を塗ってあげました。
そして、これは、先ほど、撮った写真ですが、数回、アレリーフを塗った結果、アビのすけの皮膚炎、完治しました。
もっと、まめに観察をして、アビのすけに皮膚炎が出来たら、すぐに対処してあげなければいけません。
と言うことで、今後も、ロシ子の天国での平穏を祈りつつ、アビのすけと楽しく暮らして行こうと思います。


























今日は、私のロシ子ちゃんの44回目の月命日でした。
悪戯っ子なロシ子、エリザベスカラーに興味津々…。
ロシ子も落ち着いて寝れています。
優しいロシ子に、おっちょこちょいなアビのすけ。
ロシ子ちゃん、アビのすけくんパパへ
ロシ子ちゃんは、マロンの若い時にそっくりなんです。
来月13歳になりますが、日中はほとんど寝ています。
ステロイド治療は2日に1回の投薬になりましたが、、薬なしの日は、気管支炎グスグスや喘息ギーギー鳴っています。薬なしで症状ない日もありますが、まだ油断できません。
桜の素敵な景色に癒されました。色々な場所の旅行を楽しんでるのですね。パワーチャージすることは大事ですね〜
追伸、アビのすけくんもかわいい子なんですね!
加藤さん、こんにちは。
先日は、ロシ子のブログをご覧頂き、コメントを下さいまして、有難うございます。
マロンちゃん、薬なしの日に、その様な音を立てての呼吸をしているのは、本当に、可哀そうですね。
我が家のロシ子も、当時、本当に酷い呼吸音でした。
先日のブログだったかにも書きましたが、私は当時、肺炎という言葉は、良く聞いていましたので、それ程、大変な病気だとは思っていませんでした。
なので、ロシ子のゼーゼーと言う大きな呼吸音で眠れず、ロシ子に対して、腹立ちを覚えたこともありました。
唯一の信頼している飼主から、その様に思われ、呼吸がしっかり出来ず、思いっ切り吸い込まなければいけない苦しい中、一所懸命、呼吸をしていたロシ子に対して、本当に申し訳ないと、今でも、後悔の念が消えません。
是非、是非、マロンちゃんを労わってあげて欲しいと思います。
ロシ子の可愛さとは種類が違いますが、アビのすけも、男の子らしく、ツンデレながら、かなりの甘えん坊ですので、本当にかわいいです。
PS.マロンちゃんの健康をお祈りしております。