ロシ子ちゃんの71回目の月命日と、アビのすけと私の旅の備忘録。

iPhone-20260525-1853-1今日は、ロシ子ちゃんの71回目の月命日でした。

ロシ子がいなくなって71ヶ月、6年と11ヶ月か…。

ロシ子は、「7年5ヶ月と19日間」、私の車のナンバーにもしていますが、「2,727日間」、この世にいてくれたのですが、だんだんと、亡くなってからの期間が、ロシ子が私と一緒に過ごしてくれた日に近づいていて、なんか、寂しい気持ちになってしまいます。

ロシ子のことを忘れる筈もありませんが、それでも、だんだんと、記憶も薄れていって、寂しい気持ちになってしまいます。

でも、悲しい記憶の方が薄れていって、今や、ロシ子は私の中で偶像化、神格化されていて、ロシ子のかわいさは、私の心の中で倍増している感じもするので、ロシ子、許してくれるよね?

iPhone-20260525-1853-2そんなことを言いつつも、でも、ロシ子は本当に最高にかわいかったので、ついつい、こんなふうにロシ子のことを深く考えてしまうと、やっぱり、とても会いたくなってしまいます。

でも、ロシ子は私の心の中にずっといてくれるし、私も前を向いて生きていかなければいけないので、くよくよせずに、アビのすけと明るく楽しく生活をして行こう。

なので、ロシ子、天国から、温かく見守っていてちょうだいね。

iPhone-20260422-2031それでは、この1ヶ月のアビのすけくんの様子と、私の旅の備忘録をアップして行きます。

これは、1ヶ月ちょっと前の、4/22(水)の晩のアビのすけくん。

実は、私、翌日から沖縄に行く予定で、前日の晩は、アビのすけとたっぷり引っ付いて寝たくって、アビのすけ、2階のこのキャットテントにいたので、私が抱きかかえて、ベットに連れて行ったのでした。

iPhone-20260423-0520そして、翌日の4/23(木)の朝5時過ぎ、沖縄に出発する前に、アビのすけのご機嫌を取ろうと、と言うか、2~3日、アビのすけにおやつをあげられないので、朝からちゅ~るを。

iPhone-20260423-0521美味しそうに、ちゅ~るを食べるアビのすけ君。

2~3日、アビのすけに寂しい思いをさせるけど、これで許してねって、罪滅ぼしの気持ちになっていた飼主でした。

iPhone-20260423-0522アビのすけは、美味しいものには目がないので、これですっかり、私が沖縄旅行に行くことを許してくれました…、と勝手に思っていた飼主でした…。

okinawa-20260423-0751ということで、今回の私の旅の備忘録は、① 沖縄旅行 ② 兵庫県三田市の永澤寺の一億輪の芝桜(花のじゅうたん)③ 軽井沢旅行、の3件で、写真がとても多いので、将来、私が見返した時に、内容が思い出せる程度の文字少な目で、綴っていこうと思います。

まずは、その第一弾、4/23(木)~25(土)の沖縄旅行の記録からになりますが、今回は、ANAで予約をしていたのですが、なぜか、共同運航のソラシドエア(Solaseed Air)の飛行機に乗ることに。

ソラシドエアって乗ったことがなかったのですが、LCCなのかな…、正規のANAの飛行機のサービスを受けたかったのですが…。

okinawa-20260423-1025そして、神戸空港を朝7時50分に離陸し、ほぼ定刻通り、午前10時過ぎに那覇空港に到着しました。

okinawa-20260423-1114そして、早速、空港からバスで、まずは、キャリーをホテルに預けたくって、最寄りの県庁前まで来たのですが、この通りの大雨で、テンションは激下がり…。

正直な所、もう観光はやめて、1日中、ホテルでゆっくりとしておこうかとも考えたのですが、折角、沖縄まで来たのだから、頑張って観光をせねばと、自分に言い聞かせていた私だったのです。

okinawa-20260423-1154当初に考えていたスケジュールでは、すぐに平和祈念公園に向かう予定だったのですが、あまりに雨がきつく、気持ちも乗らず、大雨でホテルに辿り着くまでにも時間が掛かり、そこからごそごそと雨対策にも時間がかかり、お腹が減ってしまったので、まずは、昼ご飯を食べに行きました。

国際通り近くのホテルに泊まったのですが、そのホテルの人に、近所の沖縄そばの名店を聞くと、この「楚辺そば」さんを紹介してくれたので、大雨の中、道に迷いながら、徒歩で30分近くかかって到着。

okinawa-20260423-1158お昼前の11時50分くらいに着いたのですが、すでに行列が出来ていて、でも、10分くらいで入ることが出来て、ラッキー。

この「楚辺そば」さんは、るるぶとか、旅系のサイトにもまったく掲載されてなくて、本当に名店なのかと疑いながら行ったのですが、店内に入ると、たくさんの有名人のサイン色紙もあり、やっぱり秘かな名店なのだと納得。

okinawa-20260423-1201こんな大雨の日でも、お店の中は満席で、お店の人に大混雑ですねって言ったら、今日は全然、暇なんですよ~って、沖縄独特のイントネーションの方言で言われ、大雨が幸いで、10分で入れたのかと納得。

okinawa-20260423-1206そして、注文したのは、この店一押しの、三枚肉(豚のばら肉)、軟骨ソーキ(あばら肉の軟骨の柔らかい部位)、本ソーキ(あばら肉の硬い部位)の食べ比べができる、1日30食限定の「三ツ星(みーちぶし)まかないそば」の1,350円也。

しかし、若い頃の私だったら、軽くペロッと平らげたと思うのですが、この3種のお肉が超、脂っこくて、胃の手術をしてから趣向が変わったのだと思いますが、一応、完食はしましたが、美味しかったというよりも、もう、脂っこくて、気持ちが悪くなってしまいました。

でも、沖縄の名物が食べられて、とっても満足でした。

okinawa-20260423-1410お腹もふくれ、気を取り直せたところで、遅ればせながら、観光に出発。

今回は、5,800円の「路線バス乗り放題の3日パス」を購入し、路線バスでいろんな所に行こうと、まずは、最も、私が行きたく思っていた、「平和祈念公園」や「ひめゆりの塔」を目指し、沖縄県の南部の糸満方面を目指しました。

okinawa-20260423-1505そして、「楚辺そば」さんを出て、徒歩とバスを乗り継ぎ、午後2時30分頃に、まずは、「ひめゆりの塔」に到着。

途中の乗り換え時の糸満バスターミナルでは、暴風雨が降っていて、Yahoo!天気をみたら、「大雨・雷・洪水注意報」が出ていて、雨雲レーダーでは「50ミリ」近くの大雨が降っていて、本当に最悪だったのですが、この時は、雨量が10ミリくらいで少し収まっていて、不幸中の幸い。

okinawa-20260423-1430そして、「ひめゆりの塔」の正面。

okinawa-20260423-1500そして、「ひめゆりの塔」。

沖縄には、約20年前、友人の結婚式の時に訪れた以来で、その時にも、こちらには来ましたが、当時は若くて、戦争のこととかは全く興味がなくて。

でも、今回は、しみじみ、感じるものがありました。

okinawa-20260423-1439「ひめゆりの塔」は、1945年の沖縄戦で亡くなった、沖縄師範学校女子部・沖縄県立第一高等女学校の生徒や教師のための、沖縄陸軍病院第三外科が置かれた壕の跡に立つ慰霊碑。

okinawa-20260423-1501あどけない女子高校生たちが、看護要員として、激戦地の病院に送られ、そして、最終的には、「各自の判断で行動せよ」という撤退・解散指示を受け、壕を追われた女学生たちは、砲弾が飛び交う中、戦死や自決に追い込まれたなんて、本当に、地獄だと思います。

okinawa-20260423-1441「ひめゆり平和祈念資料館」。

今も、ホルムズ海峡の封鎖で、アメリカとイランが戦争をしていますが、国の指導者たちは、国を思って考えていることとは思いますが、結果的に、傷つくのは無辜の市民たち。

この矛盾を解決するのは難しいと思いますが、できるだけ、平和な世の中であって欲しいと願います。

okinawa-20260423-1448敷地内には「ガジュマル」の樹も。

ガジュマルは、慰霊碑周辺に見られ、沖縄では、精霊が宿るとされる神聖な木とのこと。

独特の気根(枝から垂れ下がった根)が特徴的で、当時の、この地の戦場となった酷い状況から、今の平和な現地を、ずっと見守り続けているのだと思います。

okinawa-20260423-1537そして、引き続き、バスに乗り、午後3時30分過ぎに、「平和祈念公園」に到着。

okinawa-20260423-1619「平和祈念公園」の入口と、向こうには「沖縄平和祈念堂」が見えます。

okinawa-20260423-1544そして、敷地内を「平和の礎(いしじ)」に向かって歩いて行くと、「命どぅ宝」の石碑と、平和そうな鳥たちが。

「命どぅ宝 命こそ最高の宝である」…、本当に、命あっての人生、自分の命も、他人の命も、大切にしなければいけません。

okinawa-20260423-1546「平和の火」に向かう両サイドには、沖縄県出身者、県外出身者、外国出身者に分かれて、戦没者の刻銘碑が並びます。

そして、「平和の火」と、その向こうには、大海原が。

okinawa-20260423-1548「平和の礎(いしじ)」。

今回も、ささやかながら、ほんの気持ちだけ、寄付をさせて頂きました。

okinawa-20260423-1553そして、大海原を背に、「平和の火」と、戦没者の「刻銘碑」。

この「平和の火」は、沖縄戦最初の上陸地である、座間味村阿嘉島において採取した火と、被爆地広島市の「平和の灯」と、長崎市の「誓いの火」の、3つの火から分けて頂いた火を合火し、1991年から灯し続けた火を、1995年6月23日の「慰霊の日」に、ここに移されたよう。

そして、通常は点火されていませんが、6月23日の慰霊の日や、主要行事で点火されるよう。

okinawa-20260423-1556「平和の礎」から北方向に歩くと、まるでリゾート地のホテルのようですが、あれは「平和祈念資料館」。

okinawa-20260423-1601そして、「沖縄平和祈念堂」にやって来ました。

okinawa-20260423-1603-1「沖縄平和祈念堂」。

この「沖縄平和祈念堂」は、沖縄県民はじめ、全国民の平和願望、戦没者追悼の象徴として、建設されたとのこと。

堂内には、沖縄が生んだ傑出した芸術家の「山田真山」氏が、18年余の歳月をかけて原型を制作した、沖縄平和祈念像が安置されているとのこと。

okinawa-20260423-1603-2そして、「沖縄平和祈念堂」の横には、「平和の鐘」が。

20数万人の犠牲者を悼み、世界恒久平和を祈って設置された大梵鐘で、毎年6月23日の「慰霊の日」や、大晦日の「摩文仁・火と鐘のまつり」で、平和への祈りを込めて、打ち鳴らされるとのこと。

okinawa-20260423-1605「沖縄平和祈念堂」から見下ろした「平和祈念公園」。

毎年6月23日の「慰霊の日」は、沖縄県では公休日(祝日)になるようで、この広場で追悼式が行われ、正午には黙祷が捧げられます。

そして、この時間、奇跡的に、少しの時間だけ、陽がさして来たのですが、本当なら、この後、やはり、沖縄県の南部の「斎場御嶽(せーふぁーうたき)」や「サキタリ洞遺跡(ガンガラーの谷)」に行きたかったのですが、この時、すでに16時30分前で、時間的に厳しかったので、那覇に戻りました…。

大雨が降って、那覇空港に着いた後にもごもごしてしまい、無駄な時間を消費してしまった結果で、とても残念でしたが、これも旅で仕方がない…、次回は必ず、行こうと思っています。

okinawa-20260423-1818そして、18時過ぎ、那覇のバスターミナルに戻って来ましたが…。

okinawa-20260423-1842この通り、国際通りは大雨で、ズボンは裾をまくっていたにも関わらず、靴も靴下も含めてびちょびちょ状態で。

もう、晩ご飯を食べに行く気力がなかったので、ホテル近くのコンビニでお弁当を買って、ホテルで食べて、その後、ホテルでゆっくりし、沖縄旅行の初日は終了しました。

WebCamera-20260423-0603そうそう、この日のアビのすけくんはと言うと、朝、家を出て、朝6時過ぎ、最寄駅のホームで、Webカメラで確認したら、アビのすけくん、ベットの上で、向こう(家の玄関方面)を向いていました。

WebCamera-20260423-0602そこで、Webカメラ越しに「アビのすけぇ〜」って呼びかけたら、アビのすけ、反応してくれて、こっちを向いてくれました。

沖縄に着いてからは、大雨でなかなかスマホをチェックできず、また、チェックした時に、アビのすけが見つけられず、ほんの少しだけ心配はしていましたが、自動給餌器も無事に動いていたので、ご飯も食べられているだろうと、安心をしていました。

okinawa-20260424-0734そして、2日目の沖縄は、朝7時30分、国際通りはこの通りで、今日はなんとか、雨は降らずに持ってくれそうな雰囲気で、この日は、折りたたみ傘は持って出ましたが、神戸から持って来た大きな傘は、持って出ず。

そして、この日は、那覇から北に向かい、沖縄県の中部の恩納村にある「万座毛」、北谷の北にある「嘉手納基地」、そして、その少し南の、宜野湾市の普天間基地への旅に向かいました。

okinawa-20260424-0740まずは、朝8時05分発の琉球バスに乗るため、ホテルから徒歩10分ほどの距離にある、那覇バスターミナルに。

そして、今回の路線バスを利用しての旅は、沖縄人はおおらかなのか、時間がゆっくり過ぎるからなのか、バスが時間通りに来ないことに、大いに悩まされたのですが、このバスは始発なのか、ほぼ定刻通りに来て、早速、バスに乗り込みました。

okinawa-20260424-1024そして、琉球バスの読谷線と名護西線を乗り継ぎ、約2時間をかけて、午前10時前に、万座毛の最寄りの「恩納村役場前」バス停に到着。

okinawa-20260424-1021そして、この後のバスの乗り継ぎのスケジュールもあって、万座毛で過ごせるのは、バス停からの往復の時間を除いて15分ほどだったので、少しでも現地で過ごせる時間を持とうと、この急坂をランニング。

約8年前の49歳の時に、フルマラソンでサブ3(3時間切り)の2時間57分で走った私ですが、10年間、欠かさずに行って来た毎日のランニングも、胃の手術後はしておらず、やはり、体力というか、走力が低下していて、本当にしんどかったのですが、Yahoo!乗換案内で徒歩14分とあったところ、ラン&休憩のウォークで、約5分ほどでこの急坂を上り切り…。

okinawa-20260424-095910時の1分前に、無事、万座毛の入口に辿り着きました。

okinawa-20260424-1000そして、建物の中に入り、料金の100円(激安!)を払い、万座毛を見れるエリアに入ると、まずは、この碑が。

しかし、「万人を座するに足る毛」の意味が、意味不明で分からない…。

okinawa-20260424-1003そして、いざ、「象の鼻」に似た奇岩と、その眼下に広がるエメラルドグリーンの絶景が魅力の「万座毛」。

この日は曇天なので、エメラルドグリーンの海ではありませんが、今、調べたら、『万座毛』の由来は、1726年、琉球の国王、尚敬が「万人が座するに足る毛(野原)」と褒め称えたことから名前が付いたとのこと。

「毛」は「野原」ということで、意味が飲み込めました。

okinawa-20260424-1005しかし、この天然の芝は素晴らしいですが、琉球石灰岩の断崖から臨む東シナ海は、この先に、中国の脅威があると思うと、油断ができません。

戦争はダメですが、抑止力を働かせるためにも、日本もしっかりとした軍備を備えなければいけません。

okinawa-20260424-1008そして、有料エリアを出て、建物からの東シナ海の一望。

この「万座毛」は、東シナ海を一望できる、沖縄本島屈指の絶景スポットとのことで、沖縄らしい青い海と空は体験できませんでしたが、良い経験をさせて頂きました。

okinawa-20260424-1014そして、建物内のサーターアンダギー専門店の「三矢本舗」さんで買った、サーターアンダギーの黒糖味を食べながら、バス停までの下り坂を歩きました。

サーターアンダギーという名前は知っていましたが、これがサーターアンダギーなんだ…、普通に甘くて美味しかったです。

okinawa-20260424-1025そして、バス停の辺りから東シナ海を眺めたのですが、すごく気になったのが、この左側の海岸に建つお墓。

私、以前に、「洗骨」という映画を見て、ちょっと感動したことがあって、後ほど、もう少し大きな写真をアップしますが、沖縄や奄美大島独特のお墓の形状で、伝統というか、風習を感じました。

okinawa-20260424-1017そして、辺りのお家を眺めていると、至る所にシーサーが…、なんと、バス停にもシーサーがいましたよ。

okinawa-20260424-1219そして、またまた、バスを乗り継ぎ、1時間ほどで、嘉手納基地が見渡せる「道の駅かでな」に到着。

okinawa-20260424-1137「道の駅かでな」。

ここを歩いている時に、いきなり爆音が始まって、戦闘機が2機、飛び立って行きました…、あまりに突然で、写真を撮る間がなかった…。

okinawa-20260424-1153そして、展望台に辿り着くと、日本人もいましたが、中国人を含む、かなりの外人の人だかりが。

そして、今か今かと、次の戦闘機の離陸を待っていたのですが、向こうから戦闘機がやって来て、もしかしたら、これ、離陸するのってワクワク。

okinawa-20260424-1155そして、iPhoneの望遠で撮った写真なので、画像がかなり悪いですが、これは、多分、F35だな、2機が揃って、今からエンジン全開にして、離陸しそうな感じ。

そして、その通り、爆音を轟かせながら、1機、そして、次の1機と、離陸をして行きました。

その様子は、しっかりと動画に撮ったのですが、このブログで上げるのは難しいので、将来、このブログを見返した時には、その動画をみよう。

それにしても、到着時の離陸が11時38分頃で、私が動画に撮った分の離陸が12時15分頃だったので、案外、頻繁に離着陸をしているのかな?

前回、約18年前にも、ここに来て、その時は確か、F15だったと思いますが、その時も、離陸の瞬間を見れたので、私はラッキー、持っているのかもしれません。

okinawa-20260424-1330そして、嘉手納基地も満喫して、次は、普天間基地に向かいました。

小さくて見えないと思いますが、正面の道路の看板にもあるように、その目的地は、普天間基地が見渡せる「嘉数高台公園」です。

この時も、本当は、バスを乗り継ぐ予定だったのですが、最初のバスが大いに遅れた結果、次に乗り継ぐ予定だったバスに乗り遅れ、しかし、幸い、「嘉数高台公園」に徒歩で20分くらいだったので、助かりました。

okinawa-20260424-1355そして、バス停から「嘉数高台公園」に向かったのですが、その道中に、巨大なお墓を発見…、合掌をした上で、写真を撮らせて頂きました。

先述しましたが、以前に「洗骨」という映画を見て、映画に出てくるお墓は、ここまで大きくはないものの、このようなお墓で、中央の扉にご遺体を納め、数年が経ってから、そのご遺体を取り出し、骨を洗うという儀式で、先祖を大切にする気持ちと行動に、とても感動したのでした。

現代は、火葬が普通になっていますが、ご遺体を取り出す時に、ビビりながらも、取り出した後、その骨を、その亡くなった方を大切に思いながら、きれいに洗うという行動は、人間のあるべき姿ではないかと、感動したのでした。

okinawa-20260424-1402お墓を後にし、普天間基地を見渡せるだけの高台の公園なので、当然、坂道を上って行きます。

okinawa-20260424-1409そして、「嘉数高台公園」に到着しました。

この、地球儀をイメージした展望台に上って、普天間基地を望みました。

展望台内には、普天間飛行場や沖縄戦に関する案内版が設置されていて、この嘉数のエリアは、太平洋戦争末期の沖縄戦において、嘉数高台をめぐって、沖縄戦最大級の戦闘の1つとしても知られるほどの激戦であったとのこと。

okinawa-20260424-1410そして、展望台からの眺めは、こんな感じで、先ほどの嘉手納基地に比べると、ちょっと距離はありましたが、正面に普天間基地が見渡せました。

okinawa-20260424-1411それにしても、今から22年前にはなりますが、普天間基地所属のヘリコプターが、沖縄国際大学に墜落したことは、当時、大きなニュースになったことを思い出しますが、この写真の普天間基地のすぐ右側に、その沖縄国際大学はあり、その距離は、なんと、普天間基地の敷地から200mほどで、はっきり言って、かなり危険で、宜野湾市の住民の方々が、住んでいる当事者として、この基地の辺野古への移転を望むのも、かなり理解ができてしまいました。

okinawa-20260424-1412普天間基地と言えば、垂直離着陸ができるオスプレイが配備されているので、是非、見てみたいと思い、iPhoneの拡大写真で撮ってみましたが、多分、駐機していたと思いますが、ハッキリとは見えませんでした。

いずれにしても、普天間基地を望めたことは、とても良かったと思っています。

okinawa-20260424-1440さて、普天間基地を見て、一応のこの日の大切なスケジュールはこなせたのですが、時間は午後2時を回っていて、朝から何も食べてなかったので、沖縄名物のゴーヤチャンプルーを食べに、那覇に戻ろうと思ったのですが、道中、コンビニがあったので、これも沖縄名物の「オリオンビール」を買って飲みました。

私、お酒は好きなのですが、日本酒、焼酎、ビールの味の違いが分かるくらいで、ビール通しの味の違いまでは吟味できない人間ですので、このオリオンビールの味は、ほぼ、普通のビールと同じに感じてしまいました…、悪しからず…。

okinawa-20260424-1626そして、普天間から、またまた、バスを乗り継ぎ、2時間弱をかけて、この「高良食堂」に到着しました。

高級な有名店に行くのも良いですが、どうせなら、地元の人が行くような、地元の味を味わいたくて、ネットで調べて、こちらのお店に伺ったのです。

okinawa-20260424-1635-1そして、是非に食べてみたかった、ゴーヤーチャンプルーの定食をお願いしました。

okinawa-20260424-1635-2しかし、それにしても、ゴーヤは良いとしても、この三枚肉?の脂ぎったこと…。

okinawa-20260424-1635-3そして、こちらの沖縄そばの方にも、ほぼ脂のような肉が入っていて…。

私、どちらかと言うと、大食いの方だと思うのですが、お店の人には申し訳なかったのですが、お腹が減りすぎていたからかどうか、完食できず、かなり残してしまいました。

胃の手術の結果か、あるいは、年のせいか…、私、沖縄の料理は合わないかも…、そして、正直なところ、ゴーヤーチャンプルーも、神戸の美味しいお店の方が美味しかった…、ごめんなさい。

okinawa-20260424-1727と言うことで、ちょっとお腹いっぱいで気分が悪くなりつつも、バスで国際通りに戻って来ました。

まだ、夕方の5時半くらいだったので、少し観光をして帰ろうと、左に見える「平和通り商店街」に入ってみました。

okinawa-20260424-1728ここも、約18年前に訪れた記憶が、少しだけ残っていましたが、観光客が多かった。

okinawa-20260424-1731そして、商店街をぶらぶらと歩いていると、ボクシングの世界チャンピオンの井上尚弥選手が訪れたお店がありました。

「日々草」という、ぜんざい系のお店でしたが、私も甘いものは大好きなのですが、先ほどのゴーヤーチャンプルー定食の脂まみれのお肉で、お腹がいっぱいだったので、食べれませんでした。

okinawa-20260424-1733そして、「市場本通り」に入ってみました。

okinawa-20260424-1737こちらの商店街の奥の方には、飲んべえが集まるエリアがあって、下調べの段階で、私もここで「せんべろ」をしようと思っていたのですが、残念ながら、どうにも、お腹いっぱいで、お酒を飲むような気分ではなくて…。

それにしても、大体、せんべろは、1,000円で、お酒が3杯と肴が一品なのですが、泡盛を3杯も飲んだら、ひっくり返るくらいに、ベロベロになってしまうだろうなぁ〜。

okinawa-20260424-1749最後は、一応、「第一牧志公設市場」をぶらっとして、19時前くらいに、ホテルに戻りました。

この日の晩ご飯は、やはり、夕方に食べたゴーヤチャンプルー定食が、思いっきり、お腹に残っていて、まったく食べる気も起こらなかったので、晩遅くに、缶酎ハイと一緒に、ポテチを食べたくらいでした。

WebCamera-20260424-0726-1そうそう、この日のアビのすけくんですが、朝、ホテルを出発する前の7時30分前に確認したところ、布団の中にいましたよ。

WebCamera-20260424-0726-2そして、やはり、Webカメラでアビのすけに語りかけると、アビのすけ、こっちを向いてくれました。

よしよし、今日も元気でいてくれていると、安心して、観光に出発したのでした。

Petsitter-20260424-0953そして、この日は、午前中にペットシッターさんが来られる予定で、これ、ペットシッターさんが送って下さった写真。

とっても美男子に写ってるアビのすけで、ペットシッターさんによると、快便・快食で、まったくもって、とっても元気にしているとのことで、やはり、安心して、観光したのでした。

okinawa-20260425-0840そして、沖縄旅行の最終日は、後から思い返すと大失敗だったのですが、近くの首里城の辺りを巡ろうと考えていたので、ちょっとゆっくりの朝8時半頃に、ホテルを出発しました。

この日も、パラパラと雨模様でしたが、そんなに大雨は降らないだろうと、大きな傘は持って出ず、折りたたみの傘を持って出発。

okinawa-20260425-1025そして、朝8時46分、県庁北口を発車するバスに乗り、バスを乗り継ぎ、9時20分過ぎに「首里城公園」に到着。

okinawa-20260425-0920そして、首里城と言えば、2千円札の図柄としても有名な「守礼門」。

「守礼(しゅれい)」とは「礼節を守る」という意味で、この門は、中国風の牌楼(ぱいろう)という形式で建立されている、儀式用の中国様式の多彩色の木造の門で、沖縄で最も有名で広く知られたシンボルの1つ。

okinawa-20260425-1022扁額には「守礼之邦(しゅれいのくに)」と書かれていて、「琉球は礼節を重んずる国である」という意味を表しているよう。

okinawa-20260425-0927そして、次の門に行くまでに、左手には、これも世界遺産の「園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)」がありました。

これは、琉球石灰岩で造られた建造物で、国王が外出するときに安全祈願をした礼拝所のよう。

正面の門は、人が通る門ではなく、いわば、神への「礼拝の門」ともいうべき場所のよう。

okinawa-20260425-0928そして、首里城の城郭(じょうかく)内へ入る第一の正門で、「歓会門(かんかいもん)」。

「歓会(かんかい)」とは、歓迎するという意味で、中国皇帝の使者等、首里城に招かれた人々を歓迎するという意味で、ここからが城内となります。

okinawa-20260425-0929-1現在、「歓会門」は修復中で、その門を描いた幕が張られているけど、この写真を撮っている時、他の団体の1人のおばちゃんが、本物の門だと思って写真を撮っていて、大阪弁で「ほんまもんやと思ったわ」って大声で笑っていて、その場面を見て、私も爆笑してしまいました。

これ、いくらなんでも、本物の門じゃないでしょ。

okinawa-20260425-0929-2そして、「歓会門」をくぐり、首里城の城郭内に入りました。

約18年前にも来たけど、その時は快晴で、真っ赤なイメージがあったのだけど、この日は曇天で、ちょっと残念でした。

okinawa-20260425-0931-1そして、「歓会門」から数えて第二の門の「瑞泉門(ずいせんもん)」。

「瑞泉(ずいせん)」とは、「立派な、めでたい泉」という意味のようですが、やはり、この門も、日本とは違って、いかにも琉球国って感じがする。

okinawa-20260425-0931-2そして、第三の門の「漏刻門(ろうこくもん)」。

「漏刻(ろうこく)」とは、中国語で「水時計」という意味のようですが、中国語から模して、門の名前を付けるなんて、琉球国は、日本国より中国の影響を受けていたのかな。

okinawa-20260425-0932「漏刻門」をくぐると、次は、「下之御庭(しちゃぬうなー)」に向かう第四の門の「広福門(こうふくもん)」が現れます。

ちなみに、「広福(こうふく)」とは、「福を行き渡らせる」という意味。

そして、ちなみに、「下之御庭(しちゃぬうなー)」とは、沖縄の方言で「下の庭」という意味で、首里城正殿のある「御庭(うなー)」へ入る前の広場なので、まもなく、首里城の正殿に辿り着きます。

okinawa-20260425-0936そして、正殿のある「御庭(うなー)」に入る最後の門の「奉神門(ほうしんもん)」。

okinawa-20260425-0935ここから先が有料エリアになって、いよいよ、2019年10月の火事による再建中の、首里城の本殿を見に行きます。

okinawa-20260425-0937そして、「御庭(うなー)」に入ると、そこには、再建中の本殿が。

現在は、木造の骨組みや、屋根の赤瓦はほぼ完了し、内部の装飾や、塗装段階に入っているよう。

okinawa-20260425-0939完成予定は、今年の秋とのことなので、再建中の首里城を見れるのは、ある意味、ラッキーだったかも知れません。

これも、また来い! ということなのだろう。

okinawa-20260425-0946そして、「首里城復興展示室」を覗いたあと、「東(あがり)のアザナ」に向かいます。

ちなみに、「アザナ」とは、物見台(展望台)のことで、琉球王国時代に、城の内外を見渡したり、鐘を鳴らして時刻を告げたりする、防衛・管理上の重要拠点とのこと。

首里城には、最も東(標高約140m)にある「東(あがり)のアザナ」と、西(標高約130m)にある「西(いり)のアザナ」があって、今、思い出しましたが、無料エリアにある「西のアザナ」に行くのを忘れていた…。

okinawa-20260425-0948そして、「東のアザナ」から望んだ、修復中の「首里城」。

okinawa-20260425-0951「東のアザナ」はこんな感じで、向こうには、那覇の市街が見渡せました。

okinawa-20260425-1001「東のアザナ」を見たあとは、有料エリアを出て、他にもたくさんある門を全部見ながら、無料エリアの「東のアザナ」のすぐ横まで、やって来ました。

「東のアザナ」からの眺望と同様、ここからの景色も良く、1時間もあれば、首里城を巡れるかなと思って、朝、ゆっくりと出てきたことを後悔…、この後、時間に追われることになってしまったのです。

okinawa-20260425-1027首里城を後にしたあとは、首里城のすぐ近くにある、この日の2つ目の目的地の「玉陵(たまうどぅん)」にやって来ました。

ちなみに、「玉陵」とは、琉球王国の歴代の王様の陵墓であり、戦後初めて、沖縄で建造物として、国宝に指定された場所。

ちなみに、先ほどの「首里城」と「守礼門」も、かつては国宝だったようですが、沖縄戦で消失したことで解除され、今は、復元されたものが、世界遺産に登録されているとのこと。

okinawa-20260425-1029史跡「玉陵」。

まずは、このあと、「奉円館(ほうえんかん)」の地下にある資料展示室で、各、王様の骨壷?の展示を見ました。

特に興味深かったのは、お墓の形状で、本土にあるお墓とは違って、洗骨ができるような形状のお墓が多いこと。

okinawa-20260425-1037資料展示室を覗いたあとは、世界遺産で国宝(建造物)の「玉陵(たまうどぅん)」に向かいます。

この道も、雰囲気がありました。

okinawa-20260425-1038-1そして、道が開けた先には、「玉陵」前の広場がありました。

okinawa-20260425-1038-2歴代の王様の陵墓までは、外壁が2つあり、それに伴って、入口も2つあるのですが、この1つ目の入口は、背も高いのですが、2つ目の入口は高さが低くて、券売所の方に、頭をぶつけないよう、注意を受けました。

okinawa-20260425-1039すでに、玉陵が見えていますが、この、2つ目の高さの低い門を入ると、そこには、玉陵が広がります。

okinawa-20260425-1041そして、「玉陵」。

幅が広いので、上手に写真が撮れておりませんが、墓室は三つに分かれていて、中室は、洗骨前の遺骸を安置する部屋、東室(手前の白い扉)は、洗骨後の王と王妃の遺骨を、西室は、その他の家族の遺骨を安置したとのこと。

okinawa-20260425-1042先述しましたが、今は、火葬をするのが普通ですが、亡くなった方をそのまま安置し、数年を経た後、そのご遺体を取り出し、骨を自らの手で洗い清め、骨壷に入れて安置するという作法は、本当に素晴らしい伝統だと思います。

okinawa-20260425-1047「玉陵」を後にし、沖縄観光の最後は、首里城の近くにある、「首里金城町石畳道」に向かいました。

この道、すぐに観光を終えられるだろうと思っていたのですが、思った以上に長くて、後々、バスに間に合うために、猛ダッシュをせざるを得ない状況を招いてしまいました。

okinawa-20260425-1050「首里金城町石畳道」は、16世紀に、首里から那覇港や沖縄本島南部へ通じる主要道路として造られた、写真の右に碑もありますが、「真珠道(まだまみち)」の一部とのことで、ここから「首里金城町石畳道」を目指します。

okinawa-20260425-1051-2どこからが「首里金城町石畳道」なのか、定かではなかったのですが、「真珠道(まだまみち)」を入ってすぐに、この碑がありました。

実は、この道、「日本の道100選」の一つにも選定されているよう。

okinawa-20260425-1054しばらくは、こんな感じの石畳の道が続くのですが。

okinawa-20260425-1056途中から雰囲気が変わり、こんな感じの石畳になりました…、これが、「首里金城町石畳道」なのかな?

ちなみに、「石敢當」という碑?が、あっちこっちにあって、これ、沖縄独特の苗字かなと思っていたのですが、調べてみたら、これ、「T字路や三叉路の突き当たりに設置される、魔よけの石碑・石標」とのことで、納得。

そして、電柱に「大アカギ」とありますが、この先に、名物の大アカギがあるとのことで、歩みを進めるのですが。

okinawa-20260425-1057観光客の休憩所として利用されている「金城大樋川毛跡」を通過し、この木は、大アカギではなさそうだし。

okinawa-20260425-1058この辺りまで来て、赤煉瓦の屋根の琉球っぱい雰囲気も感じて、もう、バスの時間に間に合わないと思い、ここで大アカギは断念し、ダッシュで、今来た急坂を登って、バス停に向かいました。

調べてみると、この先、いろんな見どころがあったようで、やはり、朝、ゆっくりと観光にスタートしたことを、悔やんだのでした。

しかし、観光を中途で断念し、必死にバス停に向かったのに、やはり、定刻にバスは来ず、この後、空港に向かう前に、下調べしておいた那覇の食堂に、沖縄名物の「ポークたまご定食」を食べに行こうと思っていたのに、乗り継ぎのバスに乗り遅れ、行けずじまいで、この時も、朝、ゆっくりスタートしたことを後悔。

okinawa-20260425-1209ということで、ホテルに預けたキャリーを取りに行くついでに、国際通りのこちらのお店「いつでも朝ごはん」さんで、沖縄名物の「ゆしどうふ」セットを食べたのでした。

okinawa-20260425-1229階段を上って、お店の前に来ると、やはり「石敢當」の碑があって、調べておいたおかげで、意味が理解できて、ストレスなく、お店に入店。

okinawa-20260425-1237そして、お目当ての「ゆしどうふセット」が来ました。

私、それほど、豆腐が好きでもないし、沖縄に来たので、とりあえず、沖縄名物を食べておこう程度の気持ちだったのですが、なんと、ゆしどうふ、美味しかった。

ちなみに、横の炊き込みご飯みたいのは、沖縄では「ジューシー」と呼ぶようで、初日、沖縄そばを食べたお店でも、セットにすればジューシーが付いてきたのですが、ジューシーについては、パサパサしてて、特に美味しいとは思わなかった。

okinawa-20260425-1238とにかく、この「ゆしどうふ」が美味しくって、今回の沖縄旅行で、一番、美味しかった。

ちなみに、ゆし豆腐とは、「沖縄の伝統的な食文化である、豆乳ににがりを加えて固まり始めた、ふわふわで柔らかな「おぼろ状」の豆腐」とのこと。

「島豆腐になる前の段階で、大豆の優しい風味と塩味が特徴」とのことで、本当に美味しかった。

年も年なので、脂まみれのギトギトの豚肉よりも、こっちの方が体にも良いのかも。

okinawa-20260425-1314ということで、ゆしどうふの昼ご飯を食べた後、預けていた荷物を取りにホテルに行き、ここ、県庁前のバス停から、安全には安全を期して、国内線なのに、離陸の1時間前には、那覇空港に着いておきました。

okinawa-20260425-1454帰りも、ANAのウェブサイトから予約したのに、共同運行のソラシドエアの機体でした。

okinawa-20260425-1631そして、LCCではないので、遅延することなく、定刻通り、15時ちょうどに那覇空港を離陸。

これは、16時半頃に撮った写真ですが、四国の上空かな?

沖縄では、3日間とも曇天で、晴れ間はまったくなかったのに、四国はこの快晴って…。

okinawa-20260425-1645そして、着陸の20分くらい前かな、なんと、真下には明石大橋があって、高松とか、別府に行った時に、フェリーで下からの明石大橋は見たことがありますが、上空から明石大橋を見たのは、初めてかも。

それにしでも、関西も抜群の快晴で、こんなんなら、沖縄でも晴れててくれよと思いましたが、日頃、きちんと生活しているつもりですが、日頃の行いが悪いのか…。

いずれにしても、無事、定刻の16時55分頃に神戸空港に駐機し、神戸空港から自宅までは近いので、18時前に自宅に着き、かわいい、かわいいアビのすけくんをハグしまくり、今回の沖縄旅行を終えました。

WebCamera20260426-1521ちなみに、沖縄から帰宅した4/25(土)は、アビのすけくん、私にひっ付いて来てくれましたが、これ、翌日の15時過ぎですが、私が疲れて1階のベットで昼寝をしようと、「アビのすけぇ〜」って1階から呼んだのですが。

おやつの時間なら、すぐに飛んで来るところなのに、Webカメラで覗いてみると、この通り、2階のキャットタワーのハンモックから動かず、私は寂しく、1人で昼寝をしたのでした…、アビのすけ、冷たい子…。(涙)

hana-20260502-1230と言うことで、私の旅の備忘録の第二弾、兵庫県三田市の永澤寺の、一億輪の芝桜(花のじゅうたん)に移ります。

これは、今月の5/2(土)のこと、この日はゴールデンウィークの真っ只中で、混雑前の早朝に行きたかったのですが、朝に、どうしても筋トレに行かなければならず、家を午前11時前に出発。

案の定、道が大混雑していて、通常、1時間半もあれば着くところを、2時間10分ちょっとも掛かって、現地に到着しました。

hana-20260502-1231-1そして、「花のじゅうたん」の入口に到着。

こちらも、新聞のちらしに「三田 一億輪の芝桜 花のじゅんたん」の文句で、ツアーが組まれるくらいだし、本州最古の芝桜園とのことで、名所と言えば名所。

hana-20260502-1231-2早速、700円の入場料のところ、1割引の観光クーポンを持っていたので、1,000円札を渡して、370円のお釣りをもらって入ろうと思ったのですが、おばちゃんが計算間違いをして、お釣りを340円しかくれなくて、でも、後ろに人が詰まっていたので、まぁ、良いかと、本当は、入場料の630円のところ、660円で入場。

hana-20260502-1235-1まずは、この、3色の芝桜が迎えてくれました。

hana-20260502-1251お地蔵さん?と、4羽のふくろう?の、マスコットたちもいました。

hana-20260502-1235-2そして、園内を巡り始めましたが、まず、思ったのが、広いところに、一面に芝桜が咲いているのをイメージしていたので、案外と規模が小さかったこと。

そして、今回は、必ず、満開の時に行こうと、数日前から、毎日のように電話をして、咲き具体を聞いていたのですが、この日の前々日に確認をしたところ、満開はもう数日とのことだったのが、前日に電話をしたら、いきなり、枯れ始めと言われてしまって。

これは仕方がないのですが、前日に暴風雨が来て、電話口のおじさんも、暴風雨で花びらが飛んでしまったことは、知らせてくれたのですが、やはり、満開という感じではなかった。

hana-20260502-1236ちょっと残念でしたが、園内を巡りました。

それと、感動がちょっと少なめだったのは、前月に行った吉野山の千本桜を見て、その圧巻の景色を見てしまったのも、規模の小ささや、満開を逃してしまったことを感じた一因だと思います。

吉野山は、本当に凄かったもんなぁ〜。

hana-20260502-1237でも、私、芝桜というものを知らず、今回、初めて、芝桜を見させてもらったので、そんな経験をできたことは、本当に良かったです。

hana-20260502-1238そして、園内には、インコちゃんを連れて来ていた方も。

こちらの「花じゅうたん」さんは、大型犬も含め、ペット同伴可で、私も、できるなら、本当に、アビのすけを連れて来たかった。

でも、アビのすけにとっては、ストレスだし、苦痛だと思うし、そんな訳にも行かずで、残念。

hana-20260502-1239あまりに、インコちゃんがきれいだったので、3インコちゃんを連れて来ておられたのですが、その内の1インコちゃんの写真を撮らせて頂きました。

今、調べたら、この子、「モモイロインコ」ちゃんというようで、お話をすると、ちゃんと返事をしてくれたりして、とってもかわいかった。

hana-20260502-1241そして、園内の奥の方で歓声が聞こえてきたので、何かと行ってみると、猿回しをやってました。

hana-20260502-1242猿ちゃん、良い芸を見せてくれました…、ありがとう。

しかし、最後、投げ銭のお願いの時に、「この子の餌代になりますので…。」的な発言をされたような気がして、いやいや、餌代じゃなくて、ご飯代でしょって…。

動物であろうが、家族なのですから、「餌」という言い方は、やめて欲しいなぁ〜。

以前、スマップの中居さんが、猫を飼っている人に対して、その飼い猫さんを「ネコ」とネコ呼ばわりしていて、いえいえ、「ネコちゃん」でしょって、私はテレビの画面に向かって、突っ込んでしまいましたよ。

hana-20260502-1246-1そして、引き続き、園内を巡りましたが、とにかく、規模が小さいもので、すぐに巡れてしまって。

一見、写真では、とてもきれいなのですが、近くで見ると、案外と花びらが飛んでいるのが目立って、ちょっと残念だったなぁ〜。

hana-20260502-1246-2でも、天気は本当に最高でした。

「彼方(あちら)を立てれば、此方(こちら)が立たず」…、本当に、人生ってそんなもんです。

なので、腹八分目、十分にきれいな芝桜なので、満足をしなければいけません。

hana-20260502-1240しかし、田舎の方は、本当に空気が美味しくって、心が落ち着きます。

あぁ〜、理想的な場所が見つかって、私も田舎暮らしをしたい!

hana-20260502-1248こんな、派手な、濃いピンク色の芝桜も、ありました。

hana-20260502-1249こんな感じで、色々な色が混成しているのも、満開だったら、絶対にきれいだろうな。

ちょっと、吉野山の一目千本を思わせて、私的には、ピンク色一色の芝桜よりも、こんな感じの方が好きかも。

hana-20260502-1252そして、入口の方に戻って来て、あっ、作業をしている人もいるんだなと思ったら、なんと、マスコットさんでした。

ということで、20分強、園内を巡らせていただき、花のじゅうたんを後にしました。

hana-20260502-1256そして、「花のじゅうたん」は、永沢寺(よんたくじ)さんが運営なさっていると思うので、折角なので、「花のじゅうたん」の道を挟んだ対面にある、永沢寺さんにも伺いました。

hana-20260502-1257正式には、「永澤寺(よんたくじ)」と書くようですが、境内に入る三つの門の内の一つ、「玉兎門(ぎょくともん)を入ります。

hana-20260502-1303そして、玉兎門の先に立つ幟(のぼり)が。

正面には、外壁を塗装中のため、足場が組まれた「妙高閣」が。

hana-20260502-1258そして、閉鎖中の勅使門からつながる、山門である「仁王門」。

ちょっと分かりにくいですが、仁王門の右側には「阿形仁王像」、左側には「吽形仁王像」がいらっしゃいます。

hana-20260502-1259-1そして、仁王門の裏側、後方にも、二体の観音像が祀られており、この形式は珍しく、二対四尊の永澤寺式仁王尊と呼ばれているそう。

向こうには、勅使門が見えます。

hana-20260502-1259-2そして、仁王門を進んだ先に建つ、本堂を参拝。

永澤寺は、後円融天皇が管領の細川頼之に命じて、通幻寂霊(つうげん じゃくれい)禅師を招いて創建したお寺とのこと。

後円融天皇は、北朝の天皇だった人らしく、先日の吉野山の、吉水神社の後醍醐天皇や楠木正成は、南朝の人だったので、時代は違えども、敵対関係だったんだな…、歴史は深い。

hana-20260502-1301そして、左を振り向くと、観音堂が。

この「観音堂」は、先ほどの幟の奥に見えた「妙高閣」を横から見たもので、お顔は拝見しませんでしたが、中には、とてもカラフルな「大観世音菩薩像(極彩色大観音菩薩立像)」がいらっしゃったようで、拝ませて頂けば良かったと失敗。

hana-20260502-1304道路側に建っておられる観音像。

そして、裏の墓地には、大きな釈迦涅槃像(しゃかねはんぞう)もあったようで、これも、見ておくべきだった…、これまた、失敗。

「花じゅうたん」の芝桜ばかりを見に行く頭で、「永澤寺」がこれほどに歴史があることを知らず、やはり、もっと下調べをして行くべきだったと思います。

これにて、永澤寺を後にし、帰りも2時間弱ほど掛かりましたが、翌日の予定の負担にならない程度に、午後3時過ぎに自宅に戻り、アビのすけとチューして、また、一緒に寝ました。

iPhone-20260518-1933そして、時は移りまして、これは、5/18(月)の19時30分頃、これから、私、またまた、ちょっと旅行に出たのですが、その前に、アビのすけにチューをして、ハグして、数日のお別れを済ませた後に、アビのすけくんの様子を撮った写真。

アビのすけ、またまた、ゴメンだけど、お利口さんにお留守番をしておいてね。

nagano-20260518-2030と言うことで、私の旅の備忘録の第三弾は、長野県は、軽井沢に行った旅行記です。

この時、時間は20時30分、自宅にて、アビのすけと暫しのお別れをした後、阪神電車で大阪、梅田に向かい、大阪駅前から、最近、はまっている夜行バスにて、軽井沢に向かいました。

軽井沢って、関西からは遠いイメージですが、大阪駅から直行で、夜行バスが出ているのです。

nagano-20260518-2106そして、21時過ぎに、このバスがやって来て、定刻の21時10分に、軽井沢に向けて、出発しました。

nagano-20260518-2248そして、1時間半ほどを走り、滋賀県の草津SAにて、20分の休憩。

この後は、SAには止まらず、運転手さんの交代はありますが、乗客はノンストップで軽井沢に向かいます。

でも、バス内にトイレもあるし、3列の独立シートなので、とても快適で、私、バス内でぐっすり寝れて、もしかしたら、忙しい自宅での生活よりも、たっぷり、ぐっすりと寝れたかもしれない。

nagano-20260519-0750-2そして、定刻は、軽井沢駅に朝7時56分に到着のところ、7時45分に到着。

この通り、天気も快晴で、そして、空気も美味しくて、ワクワク。

nagano-20260519-0750-1この通り、軽井沢駅の前は、のどかな雰囲気で、新幹線が停まるような駅には見えない。

でも、自然が大好きな私は、こんな雰囲気が大好き。

nagano-20260519-0751そして、軽井沢駅の構内を、少しだけ探索。

実は、今回の軽井沢訪問は、神戸で親しくしている友人のご両親が、軽井沢の別荘地にお住まいされていて、その方の敷地の件で、ちょっと相談に乗ってくれとのことで、私の旅行も兼ねての訪問。

なので、この日は、そのご両親が車で迎えに来てくださる予定で、でも、まだ車がなかったので、少し、駅の周りを探索したのです。

nagano-20260519-0800-1-2そして、ご両親と合流し、その方の別荘に向かう途中では、この通り、浅間山の絶景が。

あぁ、こんなところに、愛猫や愛犬と住みたい!

nagano-20260519-1113軽井沢駅から、今はご自宅になさっているその別荘までは、車で10分ほどの距離なので、すぐに到着。

この右の道を上がったところに、その別荘があるのですが、もう、辺りは、緑、緑、緑で、ちょうど、この5月の新緑の時期に来れて、本当に、清々しい気持ちになりました。

nagano-20260519-0827まずは、朝食でもいかがですか、とのお声を頂いたので、ご自宅に上がらせて頂き、朝食をよばれることに。

私の自宅では、まず、朝に、野菜サラダを準備して食べることもないし、なんか、いかにも軽井沢っぽい朝食を出して頂けて、また、左上の「牛乳パン」は長野県の名物らしく、食べてみると、ホイップクリームがたっぷり入っていて、私、ホイップクリームが大好きなので、美味しかった。

ピザもとっても美味しくて、私も、寛解して、田舎暮らしをスタートしたら、毎日、こんな朝食を食べる生活をしたい。

nagano-20260519-1121ご自宅のお庭からは、この通り、浅間山が見えて、この景色があるから、ずっと昔にここに別荘を買ったとのことでしたが、神戸は、どちらかと言えば、緑の多い、とても住みやすい、素晴らしいところなのですが、でも、それでも都会なので、都会の喧騒に疲れることもあり、本当に、こんな自然豊かなところで暮らしたい。

この後、公図や測量図を見ながら、1,000㎡超もある敷地をチェックし、予め、神戸で十分に調査をして来た上での訪問なので、その頼まれごとは、午前中には終わる段取りで、現地調査の後は、せっかくだからと、観光に連れて行ってくださいました。

nagano-20260519-1209そして、ちょうどお昼時だったので、まずは、お昼ご飯を食べに行きましょうとのことで、こちらの「フレスガッセ」さんに連れて来て頂きました。

こちら、ネットで調べてみると、地元の人のみならず、観光客も来るお店のようで、外観はこの通りですが、とても人気のあるお店とのこと。

ちなみに、「フレスガッセ(Fressgass’)」とは、ドイツのフランクフルトにある、実在する通りの名前(正式名称は「Große Bockenheimer Straße」)で、「食いしんぼう通り」や「むしゃぶり小路」を意味するとのこと。

nagano-20260519-1236そして、お店に入り、注文をしたのは、ご夫妻も頼まれた、この店イチオシの「ソーセージ盛り合わせ定食」。

無添加で、手作りのソーセージが、とても美味しかった。

nagano-20260519-1306ということで、美味しいものでお腹を満たした後は、観光に出発です。

走るところ、走るところ、通るところ、通るところ、もう、軽井沢を満載で、本当に、新緑が眩しかった。

nagano-20260519-1307そして、道の通りすがりで、まず、案内をしてくださったのが、鳩山家の別荘。

鳩山家の軽井沢の別荘は、元首相で、鳩山由紀夫さんや邦夫さんの祖父である、鳩山一郎さんが構えたことに始まり、代々、受け継がれてきた、歴史ある名邸とのこと。

写真にある「鳩山道夫」さんは、鳩山由紀夫さんや邦夫さんの大叔父、つまり、鳩山一郎さんの弟の息子が「鳩山道夫」さんとのことですが、とにかく、鳩山家のそれぞれの方の別荘が一帯にあって、鳩山家の別荘が面する道は、別荘の歴史の深さから「鳩山通り」と名付けられているようで、どこからどこまでが、鳩山家の敷地なのかが分からないほど広すぎて、家も見渡せないほどでした。

nagano-20260519-1311そして、「ザ・軽井沢」という感じの道を走り。

nagano-20260519-1313重要文化財の「旧三笠ホテル」を通過し。

nagano-20260519-1329私が希望をしていた「白糸の滝」に到着しました。

なぜ、ここに来たかったかと言うと、私は、中学校1年生まで東京にいたのですが、小学校の行事で、小学校4年生の時に九十九里浜に、小学校5年生の時に軽井沢に、小学校6年生の時に日光東照宮に行ったことがあり、それで、ぜひ、その当時に行った「白糸の滝」に行きたかったのです。

nagano-20260519-1335そして、「白糸の滝」。

nagano-20260519-1334小学校5年生の時に来た時の記憶は、もうありませんが、思ったよりも、規模が小さかった。

私、20歳代前半の時に、カナダに1年半ほど住んでいて、最初の半年は、東海岸のトロントに住んでいて、その時、10回以上、ナイアガラの滝に行っていますが、それと比較をしてはいけませんが、手前の記憶がナイアガラなので、ちょっと規模が小さく感じたのかも。

nagano-20260519-1332私的には、白糸の滝の少し手前にある、こっちの滝の方が、白糸っぽい、繊細な感じがして、きれいだと感じました。

nagano-20260519-1339岩肌がザラザラしているからか、流れ落ちる滝の水が、細かく細く落ちているので、白糸のように見えて、とてもきれいでした。

nagano-20260519-1417そして、「白糸の滝」を後にして、次の目的地に向かう途中にあった、「カトリック軽井沢聖パウロ教会」を通過して。

nagano-20260519-1426私が希望していた2つ目の目的地の、「碓氷峠見晴台」にやって来ました。

nagano-20260519-1431この見晴台の中央部分には、群馬県と長野県の県境があって、私、群馬県も長野県も、物心が付いてからは、ほぼ、来たことがないので、記念に、群馬県と長野県を行ったり来たりしました。

nagano-20260519-1433この見晴台は、関東平野や上毛の三山(妙義・赤城・榛名)や、信州の山々の起伏彼方に、遠く、南アルプスや北アルプスの風景を、見ることができるとのこと。

また、妙義を背景にした、碓氷と浅間山に抱かれた、軽井沢高原の美しさを、心ゆくまで楽しめるとのこと。

どれがどの山なのか、ちょっと分かりませんでしたが、多分、この風景が、それなのだと思いますが、本当に空気が良くて、清々しくて、素晴らしい景色でした。

今、ネットで調べたのですが、この新緑の時期も素晴らしいですが、紅葉の時期は、手前側がオレンジ一色になるようで、そんな風景も見てみたい。

また、来なければいけない場所が、一つ、増えました。

nagano-20260519-1436見晴台の敷地内も、本当に、新緑が眩しくって、きれいなツツジ?も咲いていて、本当に、清々しかった。

やはり、紅葉の時期は、ここら辺も真っ赤になるようで、また、ぜひ、来てみたい。

nagano-20260519-1452そして、碓氷峠見晴台を後にして、車で街ブラ。

ここも、立ち寄ってみたかった「旧軽井沢銀座通り」。

nagano-20260519-1457そして、感動したのが、このテニスコート。

この光景は、写真で見たことがありますが、今は上皇となられた、当時の皇太子殿下と美智子様が、初めて顔を合わせられ、ロマンスの舞台となった、長野県軽井沢町にある、会員制テニスコートの「軽井沢会テニスコート」。

ネットを見てみると、避暑に訪れた人たちの懇親のダブルストーナメントの準々決勝で、上皇さまの男子学生ペアと、皇室に入る前の美智子さまと13歳の外国人少年ペアが対戦し、2時間に及ぶ熱戦の末、セットカウント2―1で、美智子さまペアが勝利したとのこと。

それからのご縁で結婚されて、なんか、すごく感動しました。

nagano-20260519-1501そして、観光に連れて行って下さったご夫妻からのお誘いで、「万平ホテル」でお茶をしました。

nagano-20260519-1502「万平ホテル」は、私でも知っている、一度は泊まってみたいと名が上がる、憧れのクラシックホテルですが、都会に建つ大きなホテルとは違い、本当に、軽井沢の雰囲気に合ったホテルで、高級な方々が似合う場所っぽいので、私レベルの人間が入っても良いのかと、ちょっと不安に。

nagano-20260519-1539ホテル内に入ると、真紅のカーペットが敷いてあって、渋すぎる。

nagano-20260519-1512そして、カフェテラスで、暑かったので、本当は炭酸の効いたコーラでも飲みたかったのですが、一応、格好を付けて、コーヒーを頂きました。

今、ネットで調べたら、ジョン・レノンは、ここのロイヤルミルクティーを愛したとのことで、ロイヤルミルクティーにすれば良かった。

軽井沢では、ご夫妻に、昼ご飯もご馳走いただき、晩ご飯もご馳走になってしまうと思ったので、せめて、ここだけはと思い、私が支払わせて頂いたのですが、なんと、料金は、三人分のコーヒと紅茶で「3,795円也」で、これが上流階級の世界かと、さすがでした。

nagano-20260519-1557そして、「万平ホテル」を後にし、次は「御膳水」へ。

nagano-20260519-1558ここは、観光客もあまり訪れることがない、癒しのスポットのようで、「ホテル鹿島ノ森」の敷地内にある、小さな渓谷に湧き出る「御膳水」は、この次に訪れた「雲場池」の水源とのこと。

nagano-20260519-1601そして、水質がよく、湧水量も多いこの湧水は、諸大名や宮家などの御膳に用いられたことから「御膳水」と名付けられ、明治11年に、明治天皇が軽井沢宿にて昼食をとられた時も、この湧水が御膳水として使用されたとのこと。

せっかくなら、少し飲んでおけば良かったと、ちょっと後悔。

nagano-20260519-1611そして、また、いかにも「軽井沢」という感じの道を走り。

nagano-20260519-1608-1先ほどの「御膳水」が水源になっている「雲場池(くもばいけ)」に。

nagano-20260519-1608-2「雲場池」自体は、なんか、案外と汚くって、さっきの「御膳水」を残念にしていましたが、同時に、中国語を話す外国人がたくさんいて、その大きな話し声も、雰囲気を台無しにして、残念でした。

nagano-20260519-1628そして、一応、軽井沢界隈のおすすめスポットは網羅したので、最後、これも、私も希望で、大いな我儘だったのですが、同じ長野県で、軽井沢からも15kmほどの距離なので、マラソンの日本記録保持者の大迫傑選手の母校、「佐久長聖高校」に連れて行って頂きました。

その途中、密かに、私も行ってみたいと思っていた「追分宿」を通って下さいました。

「追分宿」は、江戸時代に、中山道と北国街道の分岐点として大いに栄えた宿場町で、昔ながらの歴史的な町並みや文豪ゆかりのスポットがあり、車でですが、通れただけでも、嬉しかったです。

nagano-20260519-1701-2そして、念願の、佐久長聖高校の正門に着きました。

しかし、周囲をぐるっと回っても、野球部のグランドはあるものの、陸上部のグラウンドらしきものはなく…。

nagano-20260519-1748そこで、近所の佐久警察署で聞いたり、薬局さんで聞いたりして、ようやく、それかなと思われるグラウンドに着きました。

ここは、佐久大学のグラウンドなのですが、佐久長聖高校の陸上部の選手たちは、ここを間借りして走っているとのことで、ただ、距離が短いので、ここを周回した後、街に出て長距離を走っているとのこと。

確証はないのですが、大迫選手も、ロードとトレイルは一緒だと、トレイルも走っていたので、この競馬場のような練習場は、まさにトレイルを思わせ、土なので舗装よりも足に優しく、距離表示の看板もあったので、ここだろうと。

今年の1月に、恩人に箱根を案内して頂いた時も、箱根駅伝のゴール地点を訪れることができましたし、この度も、長野県と言えば、私の中では、佐久長聖高校なので、この時、時間は18時前になっていましたが、ここを訪れることができて、本当に、知人のご両親ご夫妻には、感謝です。

nagano-20260519-1834そして、18時30分過ぎ、この日の締めは、晩ご飯に、軽井沢の中華と言えばここ!という名店、「一品香」さんに連れて来ていただきました。

nagano-20260519-1851ご両親ご夫妻が、これでもか、これでもかと、決して、お二人の時には頼まないであろう量を、私のために、たくさん注文してくださり、この「小海老のマヨネーズ炒め」から、「春巻き」から、五品も六品もいっぱい頼んでくださり、もう、お腹がはち切れるくらい、食べさせて頂きました。

nagano-20260519-1939お店を出ると、晩の8時前で、雲一つない快晴の夜空には、素晴らしい三日月が出ていて、その三日月が写ってなくて、この写真は残念ですが、しかし、本当に、良い時間を過ごさせて頂きました。

この後、わざわざ、この日の宿泊先のホテルに送ってくださったのですが、この日、実は、頼まれごとの土地の現地調査を済ませた後は、私、バスとかに乗って、1人で軽井沢を観光するつもりだったのですが、「いやいや、ぜひ、案内してあげる」と言って下さり。

おそらく、私一人での観光では、「白糸の滝」と「碓氷峠見晴台」くらいにしか、行けなかったと思うので、これほど、たくさんの軽井沢を満喫することができて、本当に感謝ですし、良かったです。

このブログをご存じの訳もありませんが、本当に、この度は、ありがとうございました。

nagano-20260519-2002そして、その日の宿泊先は、こちらのプチホテルに泊まりました。

軽井沢の駅前のアパホテルとか、高層階の近代的なホテルに泊まるより、軽井沢らしい、民宿っぽい、こちらのプチホテルを選びました。

nagano-20260519-2018値段が安かったので、若干の心配はありましたが、ホテル内に入ると、こんなオシャレなバーもあり、また、泊まったお部屋も想像以上で、十分に満足なホテルでした。

この日は、ふかふかのベットで、ぐっすりと休ませて頂きました。

nagano-20260520-0802そして、長野旅行の2日目がスタート。

天気予報では、「曇りのち雨」予報のところ、なんと、素晴らしい快晴。

昨晩は真っ暗だったので、近隣の風景も分かりませんでしたが、朝8時ちょうどにチェックアウトを済ませ、外に出ると、こんな素晴らしい、軽井沢らしい、自然豊かなプチホテルだったようで、本当に、ここに泊まって良かった。

nagano-20260520-0804そして、町内巡回バスに乗れば、100円で、10分で、軽井沢駅に行けるのですが、せっかくの軽井沢を満喫したくて、30分ほど、駅まで歩いて向かったのですが、もう、軽井沢らしい道ばかりで、あふれる緑の中、最高に気持ちの良い朝を迎えられました。

nagano-20260520-0841そして、2日目のスケジュールは、せっかく長野県まで来たので、軽井沢を離れて、この「しなの鉄道」と「JR篠ノ井線」を乗り継ぎ、まずは、松本に行き、国宝の「松本城」を見た後、また、「JR篠ノ井線」に乗り、長野駅から、これも国宝の「善光寺」に行く流れ。

なんとか、善光寺の観光が終わるまで、雨が降らず、この天気を保ってくれ!

Petsitter-20260520-0930そうそう、この日は、朝8時から10時の間に、ペットシッターさんが我が家に来て下さる予定で、朝9時前から、電車の中で、ペットシッターさんからの、写真が9枚、動画が1枚の報告のLINEが送られて来て、これは、その1枚。

トイレも快調、食事は、カリカリだけで不満なのか、完食はしていなかったですが、それでも、ペットシッターさんにお願いをしていた、おやつのちゅ〜るは即食い、そして、ゴム紐での遊びは、ものすごく元気なアビのすけの様子を動画で見れて、この日の観光も、安心してできると、ペットシッターさんに感謝したのでした。

nagano-20260520-1148-2そして、8時54分に軽井沢駅を発車して、なんと、2時間ちょっとをかけて、11時40分に松本駅に到着しました。

新幹線で軽井沢から長野まで来れば、もっと時間短縮できるのでしょうが、それでは面白くない。

こうした、ゆったりとした旅行こそ、私が望む旅行なのです。

nagano-20260520-1203松本駅に着いてからは、駅にある観光案内所で、松本名物の「山賊焼」について、どこのお店が良いか尋ねて、頭の中では「松本からあげセンター」にしようと考えていたのですが。

松本城に向けて歩いていて、松本城の手前にも観光案内所があったので、そこでも同じ質問をしたら、すぐ近くのこちらの「居酒屋 一歩」を紹介してくれて、本当は、先に松本城に行きたかったのですが、14時で昼は閉店と言われたので、先に、お昼ご飯を食べに行きました。

nagano-20260520-1214お店に入ると、さすが、有名店らしく、所狭しと、芸能人のサイン色紙があり、早速、長野県のB級グルメの代表の「山賊焼定食」の1,500円也を注文。

オーダーする時に、お店の人から、鶏肉が半量のハーフ(1,000円)もありますがと言われたのですが、まぁ、食べられるだろうと、あまり考えずに普通のサイズを頼んだら、もう、これが、量が多くて、多くて…。

そして、油っこいものだから、鶏肉を半分ほど食べた段階で、もう、ギブアップしたかったのですが、本当は、持ち帰りをしたかったのですが、無理して完食して、大失敗しました。

いつものことですが、お腹が減ってるからと言って、たくさん頼んで、それで、満腹を通り過ぎて、気持ち悪くなり、お腹を壊してトイレに走るというのは、いつまで経っても学習しない、私は大バカものだと、また、反省してしまいました。

なので、本当は美味しかっただろうに、そういう感想が出て来ず、重ねて、本当に私は大バカ野郎です。

nagano-20260520-1236そして、お腹がいっぱいで、気分が悪くなった中、5分か10分を歩いて、国宝の「松本城」にやって来ました。

敷地内に入って、まもなく、左の方を見ると、この通りの「松本城」が。

この後、ボランティアで案内をしてくれる方にお願いして、一緒に城内を巡ったのですが、途中でお腹を壊してしまい、申し訳ないことに、急遽、途中でお断りして、トイレに立て籠もってしまった私…。

nagano-20260520-1238トイレ後は、まずは、左手に本丸を見ながら、この右奥にある「二の丸御殿跡」や「太鼓門」を巡り。

nagano-20260520-1247途中、こんなきれいなお花も咲いていて、これ、「ユリノキ(百合の木)」の花で、「百合」の花とは違います。

nagano-20260520-1303-1そして、本命の、国宝「松本城」。

あまりにもきれいだったので、この写真を含めて、6連発。

nagano-20260520-1303-2松本城は、外壁に漆黒の漆が塗られていて、とっても渋く見えます。

nagano-20260520-1304-1同じく、国宝である「姫路城」は、白鷺城(はくろじょう)とも言われ、白漆喰で塗り込められた優美な外観で、白鷺に例えられますが、私的には、漆黒の松本城の方が、格好良いと思いました。

nagano-20260520-1304-2松本城は、戦国時代の1504年の天正年間に築城された「深志城」が始まりで、武田信玄の信濃支配の拠点となったお城とのこと。

1590年(天正18年)、豊臣秀吉の命により、石川数正が入城し、その息子の石川康長の代に、現在も残る、五重六階の天守が築造され、日本最古の国宝のお城とのこと。

nagano-20260520-1305-1ちなみに、石川数正は、徳川家康が今川義元の人質時代だった頃から仕えていた家臣で、家康の右腕だったのですが、「小牧・長久手の戦い」の後に出奔して豊臣秀吉に臣従し、深志城主10万石となり、信濃松本藩の初代藩主とみなすことが、通説となっているよう。

nagano-20260520-1305-2「埋橋(うずみばし)」と「松本城」。

ちなみに、この「埋橋(うずみばし)」は、江戸時代にはなく、あとから架けられた橋のようで、また、埋橋自体には、文化財的な価値がないので、強度が足りないのに補強されず、通行止めになってるよう。

それにしても、やはり、私的には、漆黒のお城の方が、引き締まって見えて、とっても格好良いと思ってしまいます。

nagano-20260520-1315-2そして、松本での最後の写真は、これ、松本城の東隣にある「松本市役所」の庁舎の屋上展望台から撮った写真。

ボランティアのガイドさんから、無料で上れることを教えて頂いたのですが、アルプスの山々に囲まれて、信州って、ハッキリ言って、今までほとんど関心がなかったけど、とっても良いところだと思いました。

実は、このブログを書いていながら、観光案内所でもらったパンフレットを見ていたのですが、なんと、この松本城のすぐ近くに、近代学校建築として初めて国宝に指定された「旧開智学校校舎」というのがあったようで、これは、絶対に見ておくべきだった…、松本城から徒歩で10分ほどの距離だったのに…、大失敗です。

nagano-20260520-1415-1松本城を見た後は、また、JR篠ノ井線に乗って、長野駅に向かったのですが、途中の駅で、「姨捨駅(おばすてえき)」というのがあって。

調べてみると、この「姨捨駅(おばすてえき)」と、あの「楢山節考」の「姥捨山(うばすてやま)」伝説は、深く関係しているようで、映画の舞台となった姥捨山(正名:冠着山)は、この地域の山で、姨捨駅は、その登山口の最寄り駅として、また、伝説の地としての、歴史的な結びつきを持っているとのこと。

nagano-20260520-1415-2そして、電車の反対側の車窓を覗いてみると、この通りの平野があって、たまたま、この写真を撮ってラッキーだったのですが、調べてみると、この「姨捨駅(おばすてえき)」は、全国でも数少ない、スイッチバックを見ることのできる駅で、また、 駅のホームから見る景色は、「日本三大車窓」に選ばれているとのこと。

向こうには、長野市街があって、夜景も、とってもきれいなようで、日本は広し! 本当に、まだまだ知らない見どころが、たくさんあります。

nagano-20260520-1441そして、「川中島」という駅もありました。

これ、まさに、武田信玄と上杉謙信の「川中島の戦い」があった「川中島古戦場」の場所なのかな?

Wikipediaによると、川中島の戦いの主な戦闘は、計5回12年にも及んだもので、実際に「川中島」で戦闘が行われたのは、第二次の「犀川の戦い」と第四次のみで、一般に「川中島の戦い」と言った場合、最大の激戦であった第四次の合戦を指すことが多いとのこと。

なるほど、歴史は深い。

nagano-20260520-1454そんなこんなで、松本駅を出発してから、1時間20分ほどで、長野駅に到着。

nagano-20260520-1514そして、徒歩でも行けたのですが、長野駅から「ぐるりんバス」という地域バスに乗り、10分強で、善光寺の門前の「善光寺大門」バス停に到着。

ここから、向こうの参道を歩いて、善光寺を参拝しました。

nagano-20260520-1520-1参道を歩いて行くと、まず、善光寺参りの入口となる、登録有形文化財の「仁王門」に辿り着きました。

nagano-20260520-1618仁王(におう)とは、仏教の寺院の門(山門など)の左右に安置されている、筋肉隆々で恐ろしい形相をした守護神(金剛力士)のことで、仁王(門)には、仏敵からお寺を守る役割があるとのこと。

nagano-20260520-1521仁王門の正面には、「阿形【あぎょう】像」と「吽形【うんぎょう】像」が、そして、背面には「三宝荒神【さんぽうこうじん】」と「三面大黒天【さんめんだいこくてん】」がおられました。

私、いつものことなのですが、旅行に行く前には、時間がないこともあり、詳しく下調べをしないで行くことが多く、毎回、このブログを書く時に、調べながら書くもので、これらの知識を持った上で、見ておけば良かったと思うし、それをしなかったので、また、行きたくなるのだと思う。

明らかに、私は、「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」の、愚者だと思います。

nagano-20260520-1525-1そして、仁王門をくぐり、仲見世を歩いて行くと、次に、重要文化財の「山門(三門)」に辿り着きます。

nagano-20260520-1525-2善光寺のウェブサイトによると、「この門には有名な鳩字の額がかかっています。鳩字の由来は、額に書かれた「善光寺」の文字の中に五羽の鳩が隠されているためです。」とのことで、あぁ、この「善光寺の額」の写真を、ズームで撮っておけば良かった。

やはり、私は愚者…。

nagano-20260520-1527-1そして、「山門(三門)」をくぐると、そこには、国宝の善光寺の本堂がありました。

nagano-20260520-1528「善光寺」は、約1400年の歴史を持つ、日本屈指の古刹(こさつ)。

宗派を問わず、すべての人を極楽浄土へ導く寺として、全国的に広く信仰を集めており、「遠くとも一度は詣れ善光寺」と、古くから親しまれているとのこと。

あぁ、そうなんだ…、やはり、その知識を持った上で、極楽浄土へ導く寺であることを噛みしめつつ、参拝したかった…、またまた、愚者な私。

nagano-20260520-1527-2-2なので、本堂の中に入る前に、「大香炉(だいこうろ)」から立ち上るお線香の煙を、私の悪い頭の部分にたくさん掛け、手術をした内臓の部分にも掛け、とにかく、私は全てに出来が悪いので、お線香の煙が吹き出している、風下の向こう側に回って、たくさん、たくさん、煙を掛けました。

私は、宮本武蔵の「我、神仏を尊びて、神仏を頼らず」を座右の銘にしてはいますが、ついつい、無病息災や病気平癒のご利益(けがれを払う功徳)がありますようにと、お願いではなく、心の中で語っていました。

nagano-20260520-1529そして、本堂へ。

堂内は撮影禁止なので、ここから写真を撮りましたが、本堂は、「入り口を俗世、最奥を極楽」とした内部空間が広がっているとのこと。

nagano-20260520-1531「外陣【げじん】」には、人間を裁く閻魔大王、「内陣」には、俗世の救済者である「弥勒菩薩」と「地蔵菩薩」が配され、最も奥の「瑠璃壇【るりだん】」には、絶対秘仏の一光三尊阿弥陀如来像が御安置されているとのこと。

ちなみに、「外陣」とは、「参拝者が座って、礼拝や法要に参加するための手前の空間(私たちが生活する世界(娑婆)を表す)」、「内陣」とは、「ご本尊を安置し、僧侶が読経などの儀式を行う神聖な奥の空間(仏の世界(浄土)を表す)」とのこと。

nagano-20260520-1555そして、善光寺本堂の北西にある、戊辰【ぼしん】戦争から第二次世界大戦で戦死された英霊方を供養している「日本忠霊殿」。

nagano-20260520-1558-1そして、登録有形文化財に登録されている、善光寺の釣り鐘(梵鐘)。

ちょうど、この数分後、16時ちょうどになり、写真に写っている善光寺の職員の方が、「捨て鐘(すてがね)」を3回、撞いた後に、時報の数を告げる、4回の本撞きをしておられました。

動画に撮らせて頂きましたが、とても良い音色でした。

nagano-20260520-1604本堂前に咲く、きれいなお花。

これは、サツキ? シャクナゲ? あじさい? あぁ、花の知識を付けたいです。

nagano-20260520-1608そして、「山門(三門)」の辺りまで戻って来て、「大勧進」。

nagano-20260520-1609「善光寺」は無宗派の寺院ですが、現在は天台宗・浄土宗によって護持運営されていて、この両宗派をそれぞれ束ねるのが、「大勧進(天台宗)」と「大本願(浄土宗)」とのこと。

また、この二寺院の住職が、善光寺の住職も兼ねているとのことで、これは、天台宗の「大勧進」。

nagano-20260520-1610そして、「大勧進(天台宗)」の本堂。

失敗したことに、善光寺のウェブサイトを見ると、浄土宗の「大本願」は、「仁王門」の手前にあったようで、見落としてしまいました。

また、本堂のすぐ南西側には、重要文化財の「経蔵」があったようで、これも、見落としてしまいました。

nagano-20260520-1613と言うことで、これにて、善光寺観光は終了。

「山門(三門)」をくぐり、「仁王門」に向けて、仲見世を歩きます。

善光寺さん、有難うございました。

nagano-20260520-1628余談ですが、バス停の停留所があった、「大門」の交差点の角っこに、この「猫や」さんというお店がありました。

こんなお店を構えるくらいなので、おそらく、猫が大好きなオーナーさんなんだろうな。

nagano-20260520-1630そして、往路は、長野駅からぐるりんバスで来たのですが、復路は、長野駅に向かって、この表参道を歩いて行くことにしました。

なんとか、天気も持ってくれて、雨も降らず、傘もささずに済み、本当にラッキーでした。

nagano-20260520-1638道中に、「ながの表参道セントラルスクゥエア」という、憩いのオープンスペース(公園)がありました。

調べてみると、ここは、1998年の冬季オリンピックの表彰式会場として使われた場所で、現在は、モニュメントやステージ、噴水が整備された憩いの場になっているとのこと。

この時、時刻は16時30分過ぎで、大阪への夜行バスの出発が、23時20分だったので、まだまだ、時間があり、気候も良かったので、コンビニで缶ハイボールを買って、チェアーに座って、ここで2時間ほど、読書をしました。

nagano-20260520-1856そして、せっかくなので、街ブラをしつつ、18時近くになって来たので、晩ご飯を食べようと、長野駅に歩いて向かったのですが、途中、まったく余談ですが、シャトレーゼのホテルがあった。

私、シャトレーゼのシュークリームが大好きなので、ホテル事業もやっているんだと、かなり驚き。

nagano-20260520-1917そして、19時過ぎに、長野駅に到着しましたが、とてもきれいな駅舎。

とにかく、無事に神戸に帰れるよう、しっかりと、帰りのバスのバス停だけ確認をして、それから、長野名物の「ソースカツ丼」か「信州そば」を食べようと思ったのですが、どうにも、昼ご飯の「山賊焼定食」がお腹に残っていて、食べる気にならず。

nagano-20260520-1844なので、旅行時には、もう、1年近くも前から気になっていた「快活CLUB」に行ってみようと、長野駅から徒歩10分ほどの距離にある、こちらの「快活CLUBの長野昭和通り店」に行きました。

今までは、旅行の最終日、時間をつぶすために、ファミレスとか、マクドとかに入っていたのですが、ここは、個室もあって、快適に時間を過ごせるようだし、何よりも、この日もそこそこ暑く、汗をかいていて、無料でシャワーも浴びれたのです。

nagano-20260520-2040と言うことで、19時30分頃に、勇気を持って、入店。

ここは、この写真のスペースの「飲み放題カフェ」と、もう少し個室感があって、ダーツやビリヤード、カラオケもできて、椅子もソファーの「ブース」、そして、ゆっくり寝ることもできる「鍵付き個室」の3パターンがあって、私は読書がしたかったので、この「飲み放題カフェ」を選択。

ドリンクは、持ち込みの焼酎ハイボールがあったので、少しだけ、コーラを飲んだ程度でしたが、なんと、ソフトクリームも食べ放題で、これは美味しかった。

結果、ここで3時間弱を過ごし、料金はなんと、650円。

今後、旅行の最終日で、時間をつぶす際には、「快活CLUB」は最高だと知りました。

この後、バスに乗るまでに、ちょうどお腹も少し減って来たので、信州そばを食べようと、長野駅に向かったのですが、なんと、22時で閉店してて、結局、晩ご飯を食べれず、お土産も買えずで。

nagano-20260520-2311そんなこんなで、ちょっとバタバタしましたが、結局、大阪へのバスに乗り遅れることなく、無事にバスに乗り込み、定刻の23時20分に発車しました。

とにかく、今回の軽井沢、長野旅行も、最高に楽しかったです。

この時、ようやく、少しだけ、パラパラと雨が降って来ましたが、念のために持って行っていた折りたたみ傘も、使わずに済み、本当にラッキーでした。

nagano-20260520-2357そして、長野駅を発車してから、1時間足らずで、最初で最後の休憩の、姨捨SAに到着。

このバスも、3列の独立シートで、この後、ほぼ、1回も起きずの爆睡で、定刻の6時16分よりも少し早く、6時10分頃に、大阪駅前の停留所に着きました。

このバスは、大阪駅の後、神戸の三宮にも行くのですが、三宮で降りるよりも、大阪で降りて、梅田から阪神で帰って来た方が、早く帰れるのです。

iPhone-20260521-0818-1そして、6時24分、梅田発の阪神電車に乗り、6時52分に、我が家の最寄駅に到着し、朝7時前に、無事、自宅に戻って来ると、アビのすけが歓待してくれました。

そして、旅行中は、自動給餌器でのカリカリだけの食事だったので、おいしい缶詰を出してあげて、アビのすけを落ち着かせた後、私はシャワーを浴び、その後、少し休憩で横になろうと思ったら、アビのすけが寄り添いに来てくれました。

一見、あっちを向いて、よそよそしい感じですが…。

iPhone-20260521-0818-2私が腕を回して、アビのすけを撫で撫でしてあげると、アビのすけ、この、うっとりとした表情。

やはり、私が帰って来て、ホッとしたというか、安心したというか、つまり、私の帰宅を喜んでくれて、私を大好きでいてくれることが分かって、嬉しかった。

アビのすけくん、お利口さんにお留守番をしてくれて、本当に、ありがとうね。

と言うことで、この度の「軽井沢・長野旅行」も、本当に楽しかったですし、この1ヶ月も、精力的に、楽しい時間を過ごせて、本当に良かったと思います。

これも、ロシ子が天国から見守ってくれて、アビのすけも、いつも傍で私に寄り添ってくれてるからこそで、本当に、ロシ子アビのすけに感謝です。

今回のロシ子のブログは、なんと、写真を260枚超もアップした、超・長編で、ちょっと疲れましたが、今後も、引き続き、ロシ子のことを偲びつつ、アビのすけと楽しく暮らしていこうと思います。

iPhone-20260525-2308おまけ…、これ、さっき、今日の晩23時過ぎのアビのすけくん。

この直前、アビのすけ、暑かったのか、ベットの上で、仰向けに、ヘソ天で寝ていたのですが、その姿があまりにもおかしくて、近くに行って撮ろうと思ったら、勘付かれて、起きてしまった…、超・残念。

でも、その起きた姿も、この通り、爆笑もので、超・かわいかったので、撮った写真。

アビのすけ、健康で、長生きしてちょうだいよ…、頼むで。

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